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『マルクス・エンゲルス』

c0051620_2126538.jpg 岩波ホールで映画『マルクス・エンゲルス』が上映されるという耳よりな知らせをキャッチしました。カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスを描いた映画かあ、ありそうでなかった映画ですね(たぶん)。資本主義の定義は山ほどありますが、中核による周辺の搾取、平たくいえば弱者を犠牲にして強者が肥え太る仕組みと定義しておきましょう。そういう意味でのえげつない資本主義が猖獗を極める今、かつて資本主義のからくりを暴き、戦いを挑んだ二人の先哲は、今だからこそ知るべき人物です。監督は『ルムンバの叫び』(00)、『私はあなたのニグロではない』(16)で知られる社会派の名匠ラウル・ペック監督、後者は近々見に行くつもりです。
 上映館は神保町にある岩波ホール、山ノ神とともに少し早めに行って近くにある「揚子江菜館」でひさしぶりに上海肉絲炒麺(上海式肉焼そば)を堪能しました。
 そして岩波ホールへ、まずは公式サイトから、あらすじを引用しましょう。
 若きマルクスとエンゲルスの友情は世界の未来を大きく変えた。
 永遠の名著『共産党宣言』(1848)が誕生するまでの激烈な日々を描く歴史的感動作。
 1840年代のヨーロッパでは、産業革命が生んだ社会のひずみが格差をもたらし、貧困の嵐が吹き荒れ、人々は人間の尊厳を奪われて、不当な労働が強いられていた。20代半ばのカール・マルクスは、搾取と不平等な世界に対抗すべく独自に政治批判を展開するが、それによってドイツを追われ、フランスへと辿りつく。パリで彼はフリードリヒ・エンゲルスと運命の再会を果たし、エンゲルスの経済論に着目したマルクスは彼と深い友情をはぐくんでゆく。激しく揺れ動く時代、資本家と労働者の対立が拡大し、人々に革新的理論が待望されるなか、二人はかけがえのない同志である妻たちとともに、時代を超えて読み継がれてゆく『共産党宣言』の執筆に打ち込んでゆく―。

 労働者を低賃金で酷使することによってひたすら利潤の増殖を繰り返す資本主義経済、そのあからさまな原初の姿を、監督は克明に再現してくれます。共有地を富者に奪われて追い立てられる貧者たち。紡績工場で過酷な労働を強制される労働者たち。その格差・不平等・不公正に怒り、敢然と立ち向かう若い二人の姿が印象的でした。マルクスの野卑で力強い怒り、エンゲルスの静かで底知れぬ怒り、その違いもていねいに描き分けられています。そして忘れてはいけないのが、彼らを支える妻たちの献身ぶりです。『共産党宣言』も、この素晴らしき四人五脚による結実なのかもしれません。

 この映画を見て、あらためて現実の不平等・不公正を知ること、それに対して心底から怒ること、そして考え行動することの重要さに思い至りました。逆に言えば、富者・強者が現状を維持するためには、これらを私たちにさせなければいいのですね。メディアを統制して不平等・不公正を知らせない。感性を摩滅させて、怒りや虐げられた人びとへの共感を雲散霧消させる。スマートフォン、東京オリンピック、ワールドカップなど、その手練手管には事欠きません。そして考えさせないためには… さすがはマルクス、『資本論』の中で、看破しています。
 ある大きな鉄道事故によって数百人の乗客が死んだ。鉄道労働者の怠慢が原因である。彼は陪審員の前でこう弁解する。十年から十二年前までの労働日は八時間にすぎなかったと。最近五、六年の間に、十四、十八、二十時間と引き上げられ、またバカンス客の多い時などのように、旅好きが押し寄せるときには、休みもなく四十~五十時間働くことも珍しくはない、と。
 彼らは普通の人間であり、アルゴスのような超人ではない。あるとき彼らは労働に耐えられなくなる。脳は思考をやめ、眼は見ることをやめる。

 そう、長時間労働をさせて、脳に思考をやめさせ、眼に見ることをやめさせる。「働き方改革法案」の真の狙いはここにあるのでは。違いますか、安倍上等兵。

 最後に、冬籠り前の栗鼠のように、せっせと貯め込んだマルクスの言葉を紹介します。
 恥は、革命的な感情である。

 近代的国家権力は、単に、全ブルジョワ階級の共通の事務をつかさどる委員会にすぎない。

 守銭奴は気の狂った資本家であり、資本家は合理的な守銭奴である。

 哲学者はこの世界をあれこれ解釈してきたが、大事なのはそれを変革することだ。

 地獄への道は、善意で敷き詰められている。

 大いなる歴史的事件は二度繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は道化芝居として。

 人間はつねに、自分が解決しうる課題だけを自分に提起する。

 支配階級よ、共産主義革命のまえにおののくがいい。プロレタリアは、革命においてくさりのほか失うべきものをもたない。かれらが獲得するものは世界である。

 資本は、頭から爪先まで、あらゆる毛穴から、血と汚物をしたたらせながらこの世に生まれてくる。

by sabasaba13 | 2018-07-11 06:18 | 映画 | Comments(0)

アンドレア・バッティストーニ

c0051620_21465760.jpg 『しんぶん赤旗 日曜版』(2018.4.22)を読んでいたら、アンドレア・バッティストーニという若い指揮者の紹介が掲載されていました。1987年ヴェローナ生まれですから、弱冠31歳。東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者に就任されているそうです。「平均的な演奏をするのではなく、危険を恐れず一回一回違う物語を語れるようなコンサートを目指しています」「音楽には二種類しかない。良い音楽と悪い音楽です」という彼の言に惹かれました。後者の言葉は、デューク・エリントンも言っていたような気がしますが。
 さっそく「ぴあ」で検索したところ、バッティストーニと東京フィルハーモニー交響楽団による「平日の午後のコンサート」がありました。幸いこの日の午後は休暇が取れそうなので、チケットを二枚購入。山ノ神とは、現地のサントリーホールで落ち合うことにしました。
 当日、仕事が降りかかる前に職場を離脱、一目散にサントリーホールに駆けつけました。やれやれ間に合った。山ノ神も席に鎮座されています。そしてオーケストラと指揮者が登場、何かやらかしてくれそうな雰囲気を感じました。前半の曲目は、オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲、ヴォルフ=フェラーリの歌劇「マドンナの宝石」より間奏曲、ヴェルディの歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲、メロディアスで親しみやすい曲が選ばれています。歌心にあふれた指揮と演奏に、うっとりと聞き惚れました。そしてバッティストーニ氏の軽妙なトークが、幕間にはいります。フォルテとピアノの話、イタリアの学校には入学式も卒業式もないという話、いろいろと楽しませていただきました。それにしても、イタリア語は普通に話していても歌っているように思えます。
 後半は、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」です。金聖響氏の言を借りれば"古典派交響曲の到達点・リミット・完成品。交響曲の進化の系統樹はここで行き止まり、あとは横に伸びるしかない"という名曲です。さまざまなフレーズをきちっと腑分けしながらも、歯切れのよいキレッキレの演奏で、ぐいぐいと前進する疾走感にはしびれました。オーケストラをその気にさせる躍動感にあふれた指揮もいいですね。全身全霊をこめた圧巻の第4楽章まで、息をもつかせぬ名演でした。ぶらーぼ。アンコールはチャイコフスキーの弦楽セレナーデより第2楽章「ワルツ」は、うってかわってチャーミングな演奏。いいですね、バッティストーニさん。贔屓にさせていただきます。

 素晴らしい音楽を聴いたら、美味しい夕食が不可欠。練馬まで戻って、最近はまっている「パラディソ」まで自転車で行き、ビーフカレーと鶏の有馬煮をいただきました。こちらもぶらーび。
by sabasaba13 | 2018-07-09 07:39 | 音楽 | Comments(0)

仁淀川編(15):安居渓谷(15.8)

 さてそろそろあがりますか。川から出てタオルで身を拭き、上着と短パンを着ていると…来た。やはり来た。ヒッチコックの『鳥』のように、どこからともなく現れたブヨの一群が襲来してきました。つぎはぎだらけの団扇(ちゃんと持ってきました)で応戦しながら、ほうほうのていでバンガローに戻りました。やれやれ。
 午後は定例となりつつある昼寝としゃれこみましょう。ビールを飲みながら、観光案内所でもらった資料を読んでいると、「金子直吉」という文字が眼に飛び込んできました。かねこなおきち? うーん、受験用日本史で覚えた記憶があるなあ。鈴木商店、金融恐慌、台湾銀行といった語句が頭の中で明滅します。パンフレットから引用しましょう。
金子直吉、生誕
 大正時代の巨大商社・鈴木商店を背負った実業家
 金子直吉は幕末に名野川村(現仁淀川町)で生まれました。実家は没落した商家で、高知市で丁稚奉公などをしながら21歳まで過ごし、やがて神戸へ出て砂糖問屋の鈴木商店に勤めます。社長の鈴木よねに認められ、番頭に抜擢。個人商店でありながら、後の総合商社の母体となった鈴木商店を番頭として支え、育て上げた天才的な実業家です。
 大正時代には造船事業に乗り出し、三井・三菱を凌ぐ年商日本一の規模に発展させたことで、直吉は「財界のナポレオン」と称されました。
 ところが大正7年、鈴木商店は米を買い占め、米価をつり上げたという世論の暴走によって焼き討ちにあい、第一次大戦後の恐慌で事業は破綻します。しかし、後に日本経済を担う人々を私財を投じて育てた直吉を慕う企業人は少なくありません。神戸製鋼所や日商岩井(現双日)など、日本の大企業・大商社が、鈴木商店から派生しています。
 彼の生活は常に質素で、贅沢とは無縁でした。独学で本を読みあさった貧しい青年時代と、故郷土佐との絆は終生、直吉の中に生き続けたことでしょう。
 直吉が幼少のころ遊んだ野山に建つ山村自然楽校しもなの館には、直吉に関する書籍、年表等を展示した金子直吉資料室があります。
 へえー、稀代の風雲児、金子直吉はこのあたりの出身だったんだ。いろいろと勉強になるのも旅の楽しみのひとつです。
 そして煎餅布団に横になり、薫風を肌に感じながらしばしまどろみました。zzzzzzzzzz (なぜ眠っている状態をこう表現するのでしょう?)
 ん? 何やらバンガローの屋根を叩く激しい音がします。そして雷光と雷鳴。外を見ると、一天にわかに掻き曇り、おどろおどろしい黒雲が、連山に覆いかぶさっています。しばらく自然のスペクタクルを楽しみました。
 やがて雨は小降りとなり、雲も薄くなって、幽玄な水墨画のように山にまとわりついています。さて、もう一眠りしますか。かそけき雨音を夢うつつに聞きながらの午睡、至福のひと時です。そういえば寺田寅彦も、『備忘録』におさめられた「夏」という小品でこう書いていましたっけ。
 来そうな夕立がいつまでも来ない。十二時も過ぎて床にはいって眠る。夜中に沛然たる雨の音で目がさめる。およそこの人生に一文も金がかからず、無条件に理屈なしに楽しいものがあるとすれば、おそらくこの時の雨の音などがその一つでなければならない。
 黒目が溶解しそうなくらい寝て、気がつくと午後五時です。宝来荘へ行って風呂にはいり、夕食をいただきました。小振りで形の良い川石を箸置きにしているのが洒落ていますね。そしてバンガローに戻り、ラジオ講座を流しながら読書、就寝。晴歩雨寝、いい一日でした。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2018-07-07 08:10 | 四国 | Comments(0)

仁淀川編(14):安居渓谷(15.8)

 鳥の声とともに、爽快に目覚めました。低血圧でいつもは目覚めがよろしくない山ノ神も、珍しく早起きです。歯を磨いて顔を洗い、バンガローの付近を散歩することにしました。優しい朝日を浴び、木々の香りに包まれながら、ゆるやかな坂道を歩いていきます。さまざまなタイプのバンガローが建ち並び、家族連れやグループの楽しげな歓声が微かに聞こえてきます。
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 宝来荘主屋の近くにある宝来橋を渡り、仁淀ブルーに染まる渓谷を堪能。
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 そして宝来荘へ行き、朝食をいただきました。質素な食事ですが、美しい自然を見ながら味わうと美味しく感じるものです。
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 朝食後、バンガローに戻ってひと休み。水着に着替えて、飛龍の滝へ行くことにしました。小さな流れ橋を渡って対岸へ行き、支流に沿った遊歩道を十分ほど歩くと飛龍の滝に到着です。本日は靴と靴下を脱いで膝まくりをし、向こう岸に渡りました。気のせいかブヨも少なそう、できればこのきれいな滝壺で滝を見ながら泳ぎたいのですが、水が冷たいので断念。暖かい日にチャレンジすることにしましょう。
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 安居渓谷に戻って、川沿いの遊歩道を歩いてもみじ公園に向かっていると、いきなりブヨの大群に襲撃されました。ほうほうのていで車道に脱出。そして仁淀ブルーが美しい水晶渕に着きましたが、このあたりはブヨが少なそうです。泳ごかな、泳ぐのやめよかな、と逡巡していると、後からきた若いカップルが上着を脱いで水に漬かります。これは大丈夫そう、よろしい、われわれも上っ張りと短パンを脱いで水晶渕に入りました。
 川底の石までクリアに見通せる透明な水、ほのかに青味がかった清冽な色、艶やかな木々の緑と連なる山々、ときどき鳥の声が聞こえるだけの静謐さ。ああ気持ちいい。♪Fun is the one thing that money can't buy♪ですね。山ノ神もご満悦の趣きで、泳いでいました。浅いところに座り、ゆるやかな流れに身を任せたり、深いところで平泳ぎをしたりと、一時間ほど水晶渕を満喫しました。
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 本日の十枚です。
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by sabasaba13 | 2018-07-05 06:29 | 四国 | Comments(0)

仁淀川編(13):安居渓谷(15.8)

 川沿いの車道を20分ほど歩いて河原へと降りていくと、積み重なる巨大な岩々の間を清流が流れる「もみじ公園」です。せり割り洞穴をくぐりぬけて整備された遊歩道を歩いていくと、水晶渕に着きました。
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 川幅が広く流れも静かな瀞で、青味がかった美しい水を通して川底まで見えています。河原の石に腰掛けて、しばし仁淀ブルーを堪能。心なしかブヨも少ないようですので、川遊びもできそうです。よろしい、後日、泳ぎにきましょう。
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 砂防ダムのあたりでも、素晴らしくきれいな仁淀ブルーを堪能できました。
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 ここから車道に上がると、岩肌を流れ落ちる背龍の滝がありました。その先にある小さな祠は「とうろく様」を祀ってあります。昔、妊婦を守って狼と戦った男を祀ったもので、子宝が授かるというご利益があるそうです。
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 そして細い遊歩道に入り、昇龍の滝をめざします。途中にあったのが大釜という、ほんとうにお釜のように丸い滝壺です。さらに歩いていくと、昇龍の滝に着きました。急峻な崖の岩肌を、幾筋にも分かれた滝が伝わり落ちるピクチャレスクな景観に息を呑みました。写真を撮りまくり、紫煙をくゆらしながらしばし堪能。
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 そしてバンガローに戻って水着に着替え、その上にウォームアップ・スーツを着て乙女河原へ行きました。そして水着になって安居川に入ると、身も心も青に染まったような爽快な気分。多忙な日々が体に積もらせた澱がきれいさっぱりと洗い流されていくようです。水もどこまでも透明で、川底や魚の姿もクリアに見えます。ああ、来てよかった。…んが、立ち上がると、どこから来たのか、ブヨの大群が襲来してきました。すぐに河原へ戻り、ウォームアップ・スーツを着こんで、団扇で精一杯の防戦。ああ、来るんじゃなかった。ほうほうのていで宝来荘に避難しました。やれやれ。どうやらブヨのみなさんは、水に濡れた皮膚を感知して襲う習性があるようです。缶ビールを購入して、歩いてバンガローに戻りました。先ほどの応戦で団扇はぼろぼろ。コーヒーの包装紙を、サングラス補修のために購入した瞬間接着剤でべたべたと貼り付けて補強しました。
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 そしてビールを飲みながらしばし読書、睡魔が襲ってきたので昼寝。清冽な空気、全き静寂、ときどき聞こえる鳥の声と風の音に包まれながら、気持ちよく眠ることができました。うん、こういう暮らしは悪くないですね。
 眼が覚めてまた読書。気がつけば午後六時なので、宝来荘に行き、ひとっ風呂浴びて、夕食をいただきました。
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 そしてバンガローに戻り、ラジオ講座を流しながら読書、就寝。なんとなく暮らしのリズムができてきました。

 本日の四枚です。
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by sabasaba13 | 2018-07-03 06:26 | 四国 | Comments(0)

仁淀川編(12):安居渓谷(15.8)

 朝六時に起床、朝食をいただく前に、乙女河原と飛龍の滝を散歩することにしました。バンガローを出ると、目敏い山ノ神が枝に擬態した大きなナナフシを発見。
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 そして主屋から程近いところにある乙女河原へ。ブンダバー! ほの青味がかった清冽な色、これが仁淀ブルーですね。よろしい、後ほど水着に着替えてここで川遊びをしましょう。
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 小さな流れ橋を渡って対岸へ、巨岩・奇岩がごろごろところがっている支流に沿った遊歩道を歩いていきます。途中で森閑とした空気の中、孤独に屹立する少女像と遭遇しました。十分ほど歩くと、正面に飛龍の滝が見えてきました。垂直に落ちる上段と岩盤にそって流れ落ちる下段の二段の滝です。その滝壺が広くて静かな淵となっており、ここも素晴らしい仁淀ブルー。ここでも川遊びが満喫できそうですね。
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 そして宝来荘へと行き、塩鮭と卵焼きの朝食をいただきました。
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 本日は、もみじ公園・水晶渕・砂防ダムを散策して、乙女河原・飛龍の滝で川遊びをしようと思います。バンガローに戻って、テニス用のウォームアップ・スーツに着替えました。長袖・長パンツなので、これでブヨに刺されるのはある程度防げるのではと期待します。リュックにタオルと水を入れたペットボトルをおさめ、忘れてはいけない必需品の団扇を片手にいざ出発です。

 そうそう、遅ればせながら、スーパーニッポニカ(小学館)からに淀川についての記載を引用します。
 四国の中央部、愛媛県石鎚(いしづち)山南斜面に源をもち、高知県中央部を南東流し、高知県土佐市と春野町の境界で土佐湾に注ぐ。
 延長124キロ。愛媛県側では面河(おもご)川といい、高知県内に入って仁淀川と呼称される。四国山地を横断するので、とくに中流部では穿入蛇行(せんにゅうだこう)の著しい峡谷をなし、平地に乏しい。早くから電源開発、治水工事が進められ、最近も大渡(おおど)ダムなどが建設された。下流部では施設園芸を中心とする農業が盛んである。中・上流河谷沿いに、明治中期以降、高知、松山両市間を結ぶ道路がつくられ、現国道33号に継承されている。かつて中流の山間地はコウゾなどの製紙原料産地で、舟運利用により下流の伊野町、土佐市高岡などに土佐和紙業中心地が形成された。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2018-07-01 09:43 | 四国 | Comments(0)