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函館・札幌編(18):函館(15.9)

 市電に乗って十字街電停で降り、散策をしながら函館山ロープウェイへと向かいました。昨日も訪れたのですが、ここから津軽海峡方面に向かう長さ約200mの通りには、1921(大正10)年の大火後に建てられた鉄筋コンクリートやレンガ造りなどの耐火建築が、今も多く残されています。往時はモダンなカフェや商店などで賑わった繁華街だそうで、二十間(約36m)ある道幅は、防火線の役割も担っていたとのことです。
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 まずは何度見ても愛くるしい操車塔を、至近距離から撮影。解説板があることに気づいたので、後学のために転記しておきます。
 このキノコのような建物は操車塔といい、昭和14年(1939)に、交差点での電車信号現示とポイントの切り替えを手動による遠隔操作をするために建てられたもので、現存する路面電車の操車塔では国内最古といわれております。この操車塔は、高さ5.4m、制御室直径1.9mあります。
 昭和44年(1969)当時には市内に6基ありましたが、施設の自動化などにより順次姿を消し、この操車塔だけが、平成7年(1995)6月まで電車信号機の制御装置が置かれ、使用されておりました。当時交差点向側に建てられておりましたが、道路改良にともない平成7年9月、現在地に移設し、形態保存しております。
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 宝来パン本店は、老舗のパン屋さんだそうです。壁面を飾る小粋な装飾が素敵でした。
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 小野寺住設ビルは古武士のような風貌ですが、屋上手すりの意匠やピラスターの如き装飾が見どころ。
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 そして圧巻は、「美容室あみん」。"AMIN"という看板の一部が剥落して"AI"となっているのがご愛敬ですが、よく見ると同じ意匠の入口が二つ並んでいます。そう、ここはかつて銭湯「衛生湯」だったそうです。昨日拝見した大正湯がキング、旧大黒湯がジャックだとしたらこちらはクイーン。貴婦人然とした佇まいに思わず見惚れてしまいました。
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by sabasaba13 | 2018-12-28 06:54 | 北海道 | Comments(0)

『スパイネーション/自白』

c0051620_21254545.jpg 『共犯者たち』を見た後、同じ「ポレポレ東中野」で続けて『スパイネーション/自白』を見ることにしました。こちらも監督はチェ・スンホ氏、国家犯罪を暴くドキュメンタリー映画です。公式サイトから、あらすじを引用しましょう。
 2013年、脱北者でソウル市の公務員だったユ・ウソンさんが"北朝鮮のスパイ"として拘束された。しかし、国家情報院が提示した明白な証拠は彼の妹の「自白」証言だけ…。疑念を抱いたチェ・スンホ監督は、「ニュース打破」取材班とともに動き出す。取材を進めていくと、国家情報院の協力者が証拠書類の捏造を暴露する遺書を残して自殺を図った。さらに被害者は脱北者だけではなかったことが判明する。韓国、中国、日本、タイをめぐる粘り強い追跡取材の末、映画は40年間途切れることなく続いてきた国家権力の中枢によるスパイ捏造の深い闇へと切り込んでいく。
 『共犯者たち』が、言論弾圧と闘うジャーナリストたちを描いたドキュメンタリー映画ならば、本作はジャーナリストたちの活動を記録したドキュメンタリー映画です。権力側の提供する陳腐な情報をそのまま垂れ流すのではなく、権力にとって都合の悪い事実を徹底的に調べて発信する「調査報道」のことがよくわかりました。当然、権力側は知られたくないので、取材や調査を妨害します。しかしチェ・スンホ監督と「ニュース打破」取材班は屈せず、体を張って「不都合な真実」を暴こうとします。ある時は発進しようとする車の前に立ちはだかり、ある時は相手が逃げ込もうとするエレベーターにカメラごと一緒に乗り込む、その果敢な行動からは「記者が黙れば国が壊れる」という熱い思いがびしびしと伝わってきました。
 また取材された権力側の人間の醜さも、しっかりと映像に記録されています。おろおろと言い逃れる、逃げ隠れる、顔を隠す、忘れたふりをする… 中でも、事件を捏造した当時の捜査官に、監督が突撃取材するシーンには目が釘付けになりました。傘で顔を隠しながら足早に立ち去ろうとする彼に対してチームの一人がその傘を跳ね上げると、一瞬捜査官の顔がカメラにとらえられます。人を小ばかにしたような、下卑た薄笑いに総毛立ちました。権力の醜さと卑劣さを体現したようなこの表情、どこかで見たことがあるなあ。そうそう、どこかの首相とそっくりだ。

 購入したプログラムにチェ・スンホ監督へのインタビューが掲載されていましたが、その中で調査報道を行ない、それを映画とした理由をこう語られています。
 当たり前のように嘘をつきまくり、捏造が明らかになっても責任を取らない組織を放っておいたら、いつか捏造された情報で国全体を滅ぼすことが起こるかもしれません。そうなる前に徹底的に立て直すべきです。我々と我々の子どもたちの安全のために、国家情報院が国民を脅迫したり、国民に嘘をついたりできないようにすること、それが最低限の改革の目標に掲げられるべきだと思います。
 "当たり前のように嘘をつきまくり、捏造が明らかになっても責任を取らない組織"か、どこかにあったなあ。そうそう、某国の政権与党にそっくりだ。
 もう一つ感銘を受けたのが、この映画が不特定多数の市民から資金を集めてつくられた、つまりクラウドファンディングによる映画だということです。80日間で目標額の二倍にあたる計4億3427万6千ウォン(約4300万円)が集まったそうです。おそらく出資した市民の名前をすべて紹介しているのでしょう、5分以上も延々と写される長い長いエンドロールがとても心に残りました。この映画で一番重要なメッセージは、このエンド・ロールかもしれません。そして最後に出てくる言葉が…
 われわれが韓国を変えられる
 ジャーナリズムと市民が連帯して、国家権力と闘う。韓国社会の力強さと健全さを痛烈に感じました。
 ひるがえって、わが日本でではどうでしょう。同プログラムの中で、岡本有佳氏がこう述べています。
 朴槿恵前大統領の罷免まで2016年10月29日から134日間、のべ1600万人の市民が参加した〈ろうそく革命〉の間、日本のマスメディアでは、〈ろうそく革命〉について本格的な報道がないばかりか、「民主主義国家としてはまだ発展途上ともいえる」(池上彰氏、「池上彰のニュースそうだったのか!!」 テレビ朝日系2016年12月3日放映)など、ジャーナリストによる上から目線の批評が目についた。
 本当にそうか? 民主主義の基本である報道の自由について、たとえば、国境なき医師団の「報道の自由度ランキング」では、朴槿恵政権時代の韓国は2016年に70位まで落ちたが、〈ろうそく革命〉、メディアにおける闘いなどを経て、2018年には43位まで急上昇している。いっぽう第2次安倍政権の日本は韓国よりずっと低い70位前後に留まっている。
 民主主義の基本である報道の自由を守るために、重要なのは「視聴者のメディアへの信頼」であり、「常に意識を覚醒させ注意深く持続的に守る努力」だと韓国の言論人たちは語る。この闘いで特筆すべき点は、ジャーナリストたちの企業を越えた連帯と、ジャーナリストと市民運動の連帯の強さであり、日本では大いに欠けている部分である。しかしその前に、なぜ〈ろうそく革命〉や韓国メディアの闘いを日本のマスメディアは本格的に報道してこなかったのか、それが問題だ。
 民主主義への道いまだ半ばであることを自覚し、ジャーナリストと市民が連帯して、強靭な国家権力と闘う韓国社会。主権がない属国であることに無知・無関心で、国家権力に従順なことを成熟した民主主義であると勘違いしている日本社会。その甚大な懸隔には眩暈すら覚えます。くらっ 私たちが奈落の底にいるのに気づいていない、それを自覚することから始めましょう。この二つの韓国映画が、炬火で照らしてくれるでしょう。われわれが日本を変えられる。
by sabasaba13 | 2018-12-26 06:14 | 映画 | Comments(0)

『共犯者たち』

c0051620_2234570.jpg 『しんぶん 赤旗』(2018.12.1)の「潮流」というコラムに、次のような記事がありました。
 自由や権利は、国民の不断の努力なくして保持できない。1日公開の韓国映画「共犯者たち」(東京・ポレポレ東中野)で教えられました▼李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権と韓国で2代続いた保守政権による言論弾圧と、それへの反撃を描いたドキュメンタリー映画です。ここでいう共犯者とは、権力の"飼い犬"になった二つの公的放送局KBSとMBCの幹部たち。主犯は大統領(当時)です▼暗黒の時代は、約9年間にわたりました。政治介入の始まりは2008年。米国産牛肉の輸入問題の報道で、李政権が大打撃を受けたことがきっかけです。まず社長を解任し、政権の意のままになる社長を送り込む。調査報道チームを解散する一方で政権の広報番組を開始。弾圧はすさまじく警察も動員されます▼その過程で犠牲になったのは、"真実"です。朴政権の下、二つの放送局は修学旅行中の生徒ら約300人が犠牲となったセウォル号惨事を「全員救助」と誤報。「国家の私物化事件」でも真実を隠ぺいする偏向報道が続きました▼映画のエンドロールで報道の自由のためにたたかって懲戒されたジャーナリストたち約300人の名前が流れます。MBC労組は放送の正常化を求めて170日間のストライキ。チェ・スンホ監督自身、MBCを不当解雇された一人。現在はMBCの社長として改革に着手しています▼映画は朴政権の誕生と同時に生まれた独立メディアが製作。市民の寄付で完成しました。市民とジャーナリストの連帯。学ぶことは多い。
 『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』など、過去の国家犯罪を暴いた硬骨の映画が作られ、市民によって支えられる韓国から、また凄い映画が生まれました。これは山ノ神をし…もとい、山ノ神と一緒に是が非でも見にいかなければ。残念ながら彼女は所用のため同伴できず、やむを得ず一人で「ポレポレ東中野」に行きました。なおチェ・スンホ監督によるもう一本の映画『スパイネーション/自白』が次の回で上映されます。こちらも国家犯罪を告発する骨太の映画だそうなので、一気に二本見ることにしましょう。

 マスコミに質問されるのを恐れ、煩わしく思い、言論を弾圧する「主犯」である大統領、権力に迎合して韓国の報道を骨抜きにした放送業界内の「共犯者たち」。未来のため、子どもたちのために、それらと闘うジャーナリスト、その闘いを支える市民。その一部始終を描いた見事な映画でした。しかも、「主犯」「共犯者」はすべて実名・実写でカメラの前に立たされます。凄い… 日本では考えられないですね。この映画を観客に公開する理由を、チェ・スンホ監督はインタビューの中でこう語っています。
 もう少し長期的な理由としては、どんなにマスコミを掌握しようとしても、結局は失敗に終わるしかないことを記録に残し、教訓にしたいと思うからです。今後、どんな権力であれ、マスコミを掌握しようとしたら、待ち受ける結果は、権力自身の凄惨な失敗に終わるしかないということです。
 権力による言論弾圧の事実と実態を、そしてそれがいかに惨めな失敗に終わるかという教訓を、後世のために記録として残そうとする強い意思と熱い意欲をびしびしと感じます。一番心に残ったシーンは、MBC労組副委員長としてストライキを牽引したキム・ミンシクの行動です。朴槿恵政権による"天下り" MBC社長キム・ジャンギョムが行なった報道局への介入に怒ったキム・ミンシクは、MBC社屋の中で、"キム・ジャンギョムは出ていけ"と叫ぶ姿を動画で自撮りしてFacebookで生中継します。帰宅後、「あんなことをして何になるの」と妻に詰られる彼。しかし翌朝出勤すると、社屋の中では、数十人の仲間たちがスマートフォンを片手に"キム・ジャンギョムは出ていけ"と叫ぶ姿を自撮りしているのでした。いやあ涙腺が決壊しそうでした。「闘っている者を孤立させない」、勝利への第一歩ですね。
 自由と民主主義を自分たちの力で勝ち取った韓国の人びと、またあらためて敬意を表します。それにしても、こうした動きを日本のマスコミは何故大々的に報道しなかったのでしょうか。言論の自由を守るために、国境を越えて連帯の姿勢を見せてもよさそうなものなのに。「共犯者」である自分たちの立ち位置を恥じたからなのでしょうか。頑張れ、日本のジャーナリスト。映画のチラシに「記者が黙った 国が壊れた」と記されていましたが、これ以上この国を壊さないためにも。

 なおわが敬愛する日本のジャーナリストや知識人たちが、この映画に熱いオマージュを捧げていたので紹介します。
加藤直樹 (ノンフィクション作家)
 政府によるメディアへの介入に対して、生活を賭けても拒否しようとする現場のテレビマンたちと、権力に追従する経営幹部たちの、9年にわたる対決の記録。「公正な報道」とは何か。「共犯者」とは誰なのか。垣間見える一人ひとりのドラマからも目が離せない。

森達也 (映画監督/作家)
 メディアは危険だ。でも僕たちはメディアを手放せない。ならば対抗策は一つ。メディアを以てメディアを制す。これができるかどうかに、国の存亡がかかっている。

三上智恵 (映画監督/ジャーナリスト)
 主犯は政権のトップ、共犯者は権力に擦り寄った放送局員。どの国のテレビ局もこの罠にはまりかねない。しかし局を叩き出された人間が、メディアは民主主義の砦と信じて闘い挑む姿に、元放送マンの血が騒ぎ、涙が溢れてくるのを止められなかった。

小熊英二 (歴史社会学者)
 厳しい状況を乗り切るユーモア、知性と誠実さの共存、自分と他人を信じる力。長い民主化を経験してきた社会が持つ、直情的なほどの「まっとうさ」が光る。

望月衣塑子 (東京新聞記者)
 大統領による露骨なメディア介入に屈する韓国大手メディアの"共犯者"たち。だが、反骨の記者たちは、自らの存在意義をかけ、腐敗を許さず、マイクを向け続けた。これは"対岸の火事"ではない。

by sabasaba13 | 2018-12-24 09:30 | 映画 | Comments(0)

カルメン

c0051620_2153726.jpg それほど詳しくはないのですが、オペラは大好きです。音楽・演劇・美術の総合芸術を堪能し、塵が積もった日々の時間・空間からしばし別世界を楽しむ、最高ですね。今回は、山ノ神ともども以前から見たいと思っていたビゼーの『カルメン』を、新国立劇場オペラパレスで鑑賞してきました。カルメンはジンジャー・コスタ=ジャクソン、ドン・ホセはオレグ・ドルゴフ。ジャン=リュック・タンゴー指揮する東京フィルハーモニー交響楽団に、新国立劇場合唱団と新国立劇場バレエ団も共演します。下世話な話で恐縮ですが、われわれはだいたいB席をおさえます。まあまあ安いし、3階ですが舞台全体を上方から一望できるので、全体の動きがよくわかります。オーケストラ・ピットが見えないのが玉に瑕ですが。
 さあ始まり始まり。第1幕は、時は1820年ころ、セビリアのタバコ工場前の広場が舞台です。当時の街並みをリアルに表現した豪華なセットに一安心。ひと時の異次元・異空間を楽しみたいので、やはりセットにはお金をかけていただきたいものです。以前にウィーンの国立歌劇場でワーグナーの『リエンツィ』を見た時、現代風のチープなセットと、ジーンズを着てスニーカーを履いた歌手に失望した思い出があります。
 閑話休題。広場には女工目当てに男たちが集まっていますが、彼らの一番人気はカルメン。彼女は「ハバネラ」を歌って男たちを魅了します。ところが、衛兵のドン・ホセだけは彼女に興味を示しません。そこでカルメンは胸に付けていたカッシアの花をホセに投げつけ、去っていきました。
 仕事に戻った女工たちは工場の中で喧嘩騒ぎを起こします。原因はカルメンで、彼女は捕らえられます。でもカルメンは、衛兵のホセを誘惑して手縄をゆるめさせ、逃げ去りました。
 あの有名な前奏曲や、官能的な「ハバネラ」を聴いただけで血沸き肉踊ります。子どもたちの合唱「交代の部隊といっしょに」も楽しい曲です。『カルメン』では合唱がふんだんに取り入れられ、曲に変化とスケールを与えています。新国立劇場合唱団の素晴らしい合唱に魅せられました。
 余談ですが、以前セビリアを訪れた時、添乗員さんが舞台となったタバコ工場を教えてくれました。現在は大学になっているそうです。

 第2幕。1ヶ月後、カルメンを逃がした罪で禁固となっていたホセが、閉店後の酒場にいた彼女に会いに行きます。ホセは彼女からもらった花を手に愛を告白しますが、それならばとカルメンは彼に軍隊に帰営しないで、すべてを捨てて自分の下に残るように求めます。ホセは迷いました。そして仕方なく脱走兵としてジプシーの仲間となったのです。
 ここではやはり、エスカミーリョ(ディモシー・レナー)が歌う「闘牛士の歌」が聴きものですね。密輸団の怪しい連中がコミカルに軽妙に歌う五重唱「一仕事思いついたのさ」には思わず緩頬してしまいます。なお新国立劇場バレエ団の見事な踊りも、オペラに花を添えてくれました。

 第3幕。カルメンのジプシー仲間は密輸をして稼いでいました。そのことを知って後悔するホセ。カルメンはそんな彼に愛想を尽かします。カルメンの恋心は、すでに闘牛士エスカミーリョに移っていました。そこへホセの故郷から娘ミカエラが訪ねてきます。彼女からホセの母が重病だと聞いて、彼は故郷に帰ることにします。
 1ヶ月後、闘牛場前の広場。この日は闘牛の当日で、カルメンと愛の言葉を交わした闘牛士エスカミーリョが闘牛場に入っていきます。広場に残ったカルメンの前に現れたのが、戻ってきたホセです。やり直そうと言うホセでしたが、カルメンは彼を相手にしません。しつこく食い下がるホセに対し、カルメンは昔もらった指輪を投げつけました。そのときホセは激昂してカルメンを刺し殺してしまいます。そしてその場に呆然と立ちつくしたのでした。
 砂川涼子が歌う「ミカエラのアリア」に聞き惚れました。うっとりとする美声と感情表現、素晴らしい。これからは贔屓にさせていただきます。

 というわけで、十二分に堪能いたしました。歌手陣もオーケストラも合唱団にも満足。そして何より、魅力的な数々の曲に時を忘れました。ビゼーは凄いメロディ・メーカーだったのですね。
 そしてカルメンという稀有なる女性に圧倒されました。これはメリメの手柄なのかもしれませんが。19世紀前半という時代背景の中で、女性とロマ(ジプシー)という二重に差別された存在でありながら、仕事を持って自立し、時には密輸にも関わりながら強かに生き抜くカルメン。現代のわれわれから見ると、単なる悪女(ファム・ファタール)とは思えません。そして彼女の、自由への飽くなき渇望にいたく感銘を受けました。
空はひろびろ さすらいの暮らし
世界をねぐらに 気ままに生きる
そして なによりすばらしいのは
自由よ! 自由なのよ! (第二幕の二重唱)

カルメンはいうことなんか聞かない
自由に生まれて、自由に死ぬのよ (フィナーレの二重唱)
 なお朝日新聞デジタル(18.12.18)によると、世界経済フォーラム(WEF)が発表した2018年の男女格差(ジェンダーギャップ)報告書によると、男女平等度で日本は149カ国中110位、主要7カ国(G7)中では最下位だったそうです。女性への差別を何としてでも維持しようとしている御仁たちに、ぜひこのオペラを見ていただきたいものです。
by sabasaba13 | 2018-12-22 07:11 | 音楽 | Comments(0)

『ボヘミアン・ラプソディ』

c0051620_9285642.jpg 『ボヘミアン・ラプソディ』? ふーん、フレディ・マーキュリーとクイーンを描いた映画か… 往年の一ファンとしては、やはり見ておきたいですね。モントルーで彼の銅像にも出会えたことだし。あまり気が乗らない様子の山ノ神を無理に誘って、「ユナイテッドシネマとしまえん」に行きました。どうせ席はガラガラだろうと高をくくっていたら、何とほぼ満席。危ないところでした。意外と人気があるのですね。
 監督はブライアン・シンガー、音楽総指揮はクイーンの現メンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーです。公式サイトから、あらすじを引用します。
 1970年代初頭のロンドン、インド系移民出身の青年ファルーク・バルサラは音楽に傾倒し、厳格な父とは折り合いが悪く、自分のルーツを嫌って「フレディ」と名乗っていた。ある日フレディはファンだったバンド「スマイル」のメンバーでギタリストのブライアン・メイ、ドラマーのロジャー・テイラーに声をかけ、ヴォーカリストが脱退したばかりの同バンドに見事な歌声を披露して新しいヴォーカル兼ソングライターとなり、同じく新メンバーのベーシスト・ジョン・ディーコンとともに新生バンドをスタートさせる。同じ時期、フレディは洋服店の店員メアリー・オースティンと知り合い恋に落ちる。「クイーン」と改名したバンドはアルバムを自主制作し、その様子を目に留めたEMIのジョン・リードは彼らをスカウト、ポール・プレンターが担当マネージャーとなる。フレディはさらに名字を「マーキュリー」に改名、デビュー・世界各国でのツアーとクイーンが躍進する中、フレディはメアリーにプロポーズする。
 やがてクイーンはEMIの重役レイ・フォスターからヒット曲「キラー・クイーン」の路線を踏襲する曲を制作するよう命じられるが、同じことの繰り返しを嫌う彼らは反発する。フレディはオペラをテーマとしたロック・アルバムを作ると提案し、郊外での曲制作とレコーディングが始まる。メンバーの喧嘩を交えつつも、熱意を注いで完成されたアルバム『オペラ座の夜』の出来に彼らはおおいに満足する。しかし6分という長さと斬新な構成の曲「ボヘミアン・ラプソディ」のシングルカットを、フォスターは「ラジオでかけてもらえない」と認めずクイーンと徹底的に対立。しかしフレディ自らラジオに出演し、「本来ならラジオで聴けない曲」と同曲を独占放送、マスコミには酷評されるが大ヒットする。
 冒頭のシーンでいきなり驚いたのですが、フレディはインド系移民出身だったのですね。周囲のイギリス人から「パキ(パキスタン)」とからかわれ、差別されるフレディ。その彼が仲間と出会い協力して、斬新な音楽を作り上げていくシーンには心躍りました。スネア・ドラムの上にコインを置いたりとかね。EMIの重役に反抗してまでも、自分たちの音楽を貫こうとするシーンも印象的でした。やがてクイーンは絶大な人気を得ますが、それにともないフレディと他のメンバーとの軋轢も深まります。音楽に関する考えの違いから、独立を決意するフレディ。またホモ・セクシュアルであることによる妻との離婚、エイズへの罹患など、さまざまな困難が彼を苦しめます。
 うちひしがれるフレディですが、メンバーは彼をふたたびクイーンに暖かく迎え入れてくれます。この和解のシーンもいいですね。そしてチャリティコンサート「ライブ・エイド」での圧巻のパフォーマンス。このラスト・シーンでは身も心も熱くなり、エンド・ロールが終わり、明かりがついてもしばらく席を立てませんでした。ホール中にみなさんの熱気がむんむんと満ちています。

 フレディの半生を手際よく分かりやすくまとめてありますが、映画としてはやや平板な作りでした。それを補って余りあるのが、音楽をみんなで試行錯誤しながら作り上げ、練習し、ステージで演奏するシーンの素晴らしさです。フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックの演技は素晴らしいですね。劇中の楽曲には主にフレディ自身の歌声を使用したそうですが、まったく違和感はなく、まるで本人がよみがえって眼前で唄ってくれているようでした。
 ロックという音楽の持つ根源的なパワーを十二分に体感できる、素晴らしい音楽映画でした。いま、大変な人気を呼んでいるようですが、さもありなん。お薦めです。
by sabasaba13 | 2018-12-20 06:25 | 映画 | Comments(0)

銀杯

c0051620_97138.jpg 私が尊敬する、故加藤周一氏の言葉です。
 映画は我を忘れさせ、演劇は我を振り返らせる。
 そう、自分を振り返るために、自分は何者であるかを知るために、できるだけ劇場に足を運ぼうとしています。ただ己の怠慢ゆえか、なかなか良い劇の情報が手に入りません。某日、私が信頼するメディア、『週刊金曜日』と『しんぶん赤旗』でほぼ同時に『銀杯 The Silver Tassie』という、アイルランドの劇作家ショーン・オケイシー原作による反戦劇を紹介していました。うん、これは面白そう、さっそく山ノ神を誘って世田谷パブリックシアターに見に行きました。ちなみに、演出は森新太郎氏です。
 時は第一次世界大戦、場所はアイルランドの首都ダブリンです。第一幕はダブリンにあるフットボール選手ハリー・ヒーガン(中山優馬)の家が舞台。軍からの短い休暇をもらって帰郷していたハリーは、中心選手として活躍し銀杯(優勝カップ)を手にします。恋人のジェシー(安田聖愛)や仲間から祝福を受ける彼ですが、戦地に戻る船の出航時間が迫っています。不安気に彼を見送る母親のヒーガン夫人(三田和代)の姿が印象的でした。
 第二幕は、フランスのどこかにある戦場が舞台ですが、この幕の演出には舌を巻きました。戦争の悲惨さや不条理をリアリズムで描くのは無理だと森氏は判断したのでしょう、人形を使っての秀逸な演出でした。生身の人間より少し大きめのグロテスクかつユーモラスな兵士の人形を、文楽のように自在に操って、戦争のおぞましさと愚劣さを見事に表現していました。そうか、戦場においては兵士は名前のない人形にすぎないという冷厳なる事実の隠喩なのかもしれません。自らは死地には赴かずに偉そうに兵士を督励してまわる上級将校の無責任さも笑い飛ばされていました。そうそう、初演時のものと国広和毅氏作曲による劇中歌も効果的に使われていました。例えば…
♪けど、何で俺らはここにいる♪

草原を歩く女房
荷馬車の、物売りたちのあいだを
幼いエミーがスカートを引っ張りながら、こう言う
「風船、風船、風船が欲しい」
愚図るエミーを引き寄せて、大げさに諭す女房
「風船なんて、ダメじゃない、パパは今、戦っているのよ
パパが帰るまで待たなくちゃ、ほら、バンドの演奏が始まる!」

けど、何で俺らはここにいる、何で俺らはここに-それが知りたい!

将校は、えらそうにふんぞり返り、「何故なら、お前らが
第48大隊、第6歩兵隊、偵察隊900だからだ
先祖は、この場所、フランスで
弓を引いて、戦った
さあ、今度は、お前らの出番だ
大砲で、気楽に、戦ってこい
徴兵拒否者は、迫害される
仕事につけて1人か2人」

教会の司祭は、もったいぶって
「お前の国、お前のママが、ここにいさせるんだ」
女房にたずねてみたら
「天国には、いい神様がいてね
あたし、軍からお手当、貰えるの」

けど、何で俺らはここにいる、何で俺らはここに-それが知りたい!

何で俺らはここにいる、何で俺らはここに-それが知りたい!
 第三幕は、ダブリンにある病院の一室。ハリー・ヒーガンは戦傷によって下半身不随となり、車椅子に頼るようになります。そして恋人のジェシーが親友のバーニー(矢田悠祐)と恋仲であることを知り、衝撃を受けます。
 第四幕は、ハリーが所属していたフットボール・クラブのパーティ会場。まるで戦争などなかったかのように踊り、飲み、騒ぐ人びと。その輪の中にジェシーとバーニーもいます。そこに車椅子でやってきたハリー、幸せそうな二人を追い回します。居場所もなく深い疎外感に苛まれるハリー…

 うーむ、考えさせられますね。戦争によって傷ついた人に救いの手をさしのべたい。しかし、知らず知らずのうちに、日々の暮らしに流されて、彼らがいないかのように振る舞う人びと。他人事ではありません。今、福島で起きていることを思い起こしました。

 なお購入したプログラムに、この劇の時代背景に関する小関隆氏の興味深い解説がありました。第一次世界大戦時、アイルランドはイギリスに併合されていました。この大戦にアイルランドが多くの志願兵を輩出して貢献すれば、戦後の自治が確かなものになると考えた方も多かったそうです。しかし自治ではなく、武力による独立を求めて、1916年にイースター蜂起が勃発しました。これは強硬に鎮圧されましたが、以後、アイルランド世論は反戦・反イギリスへと傾き、イギリス軍に加わった者たちへ敵意が向けられるようになります。復員した後には仕事を見つけることにも人間関係を再建することにも苦労し、時には暴力を加えられさえしたそうです。そうした時代背景を知ると、ハリーの孤独がより身に沁みてきます。
 なおこの蜂起に関しては、『マイケル・コリンズ』という素晴らしい映画があります。
by sabasaba13 | 2018-12-18 06:22 | 演劇 | Comments(0)

言葉の花綵186

 たとえ一本の箒だって、私はそれを音楽で克明に描くことができる。(リヒアルト・シュトラウス)

 人生に訪れる最大の驚きは老齢だ。(unknown)

 私は普通の人間ですと自己申告するような人間を信じてはいけない。(スコット・フィッツジェラルド)

 すべての過ちは恐れから生じます。(ヘンリー・ウォレス)

 不服従と好奇心は、写真家の原動力だ。(ロベール・ドアノー)

 あなたたちが撤退するまで、チェコスロヴァキアでは平静と規律が保たれ、みなさんを友人とみなします。ですが、この規律は、あなたたちの協力も、いかなる介入も必要とせず、私たち自身で維持するものなのです。(チェコスロヴァキア・ラジオの放送 1968.8.21)

 ただひとつ願うことは、どうかゆっくり進んでもらいたいということだけです。(プラハの老婦人)

 国難をきり抜けるには、理想主義が必要である。(加藤周一)

 人の義とせらるるは信仰に由りて律法の行に由らず。(ローマ書3-28)

 日本の民衆の中には、幸福に暮らすことの一種のすばらしい技術がある。(ロベール・ギラン)

 温度は卵を鶏に変えるが、石ころを鶏に変えることはできない。(毛沢東)

 メディアは地球上に平和をもたらす最強の武器になりえる。それなのに、現在は戦争の武器として使われている。すべての政府は嘘をつく。特に戦争の最中には。(I.F.ストーン)

 ジャーナリズムの本質は、真実を書き、弱者を守り、正義のために闘い、憎しみや恐怖心に癒しの視点をもたらすこと。いつの日か、多様性ゆえに殺し合うのではなく、その多様性を享受できる世界が実現することを願って。(I.F.ストーン)

 平和主義をたんなる反戦と考えてはなりません。それは一つの新しい理想、人類を同胞としてみる思想なのです。(ケーテ・コルヴィッツ)

 そうだ。人類のための芸術は、別の力をもっては阻止できないのだ。(魯迅)

 私の民主主義の定義は、実践的な目的のためには、甚だ簡単である。強きを挫き、弱きを援く。(加藤周一)

 過去をごまかしながら、未来を築くことはできない。(加藤周一)
by sabasaba13 | 2018-12-16 07:30 | 言葉の花綵 | Comments(0)

辻井伸行頌

c0051620_22183227.jpg ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝した、若き盲目のピアニスト、辻井伸行君。テレビでその素晴らしい演奏を何度か拝見したのですが、隔靴掻痒、ぜひ生の音を聞いてみたいと常々思っておりました。念ずれば花開く、ウラディーミル・アシュケナージ指揮によるアイスランド交響楽団と、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番およびショパンのピアノ協奏曲第2番の演奏会が開かれるとの情報を得ました。前者を聴きたかったのですがチケットはすでに売り切れ。後者でしたら所沢市民文化センター「ミューズ」での演奏会で二枚購入が可能です。さっそく山ノ神を誘って、聴きに行くことにしました。
 西武鉄道新宿線の航空公園駅で降りて、てくてくと歩くこと十分ほどで「ミューズ」に着きました。そして席についてプログラムを拝読。本日の曲目は、シベリウスの「カレリア組曲」、ショパンのピアノ協奏曲第2番、休憩をはさんでシベリウスの交響曲第2番です。私も山ノ神もシベリウスが大好きなので、これは嬉しいプログラムでした。以前にスカンジナビア諸国を訪れた時には、フィンランドでシベリウス関連の史跡やモニュメントを見学したことを思い出します。
 まずは「カレリア組曲」、間奏曲、バラード、行進曲からなる管弦楽作品ですが、実はこの曲には思い出があります。高校生の時、ジャズマンになりたいという夢を持っていました。きっかけは当時、夢中になって読んでいた五木寛之の『青年は荒野をめざす』という小説です。たしか主人公の名前はジュンだと思いましたが、そのかっこいい生き方に惚れ込んでしまった次第です。はじめて買ったジャズのレコードはマイルス・デイビスの『アット・カーネギー・ホール』、あまり評価されていませんが、よくスイングするクインテットだったと思います。とくにウィントン・ケリーのコロコロところがるようなのりのいいピアノと、ポール・チェンバースの地を揺るがすような重厚なベースに夢中になりました。よし、ベースマンになるぞ、と一念発起、しかし基礎をしっかりとやるべきであろう(私は変なところで堅実なのです)、大学オーケストラに入部してコントラバスの練習に勤しみました。同時にジャズの教則本や理論書を買い込んで独学で学んだのですが…結局ものになりませんでした。即興演奏のなんと難しいことよ。以後、ジャズはもっぱら聴くだけとなり、今では楽器をチェロに変え、チェリストの末席をけがしておりますが、ジャズマンになりたいという心の火はまだどこかで燻っています。そしてこのオーケストラでは、教養学部一年生と二年生が中心のユース・オーケストラを編成して、課題曲を練習・合奏する夏合宿がありました。忘れもしない、私が大学一年生の時に、この合宿ではじめて演奏したのが、この「カレリア組曲」と、ベートーヴェンの交響曲第1番の第1・第2楽章でした。ああ、甘酸っぱいものがこみあげてくる。特に第3曲の行進曲を聴くと、今でも血沸き肉躍りアドレナリンがふつふつと分泌してきます。
 さて肝心の演奏です。アイスランド交響楽団の紹介がパンフレットにあったので、引用します。
 アイスランドを代表するオーケストラであるとともに、その高い演奏技術と美しいアンサンブルから北欧を代表するオーケストラのひとつとして人気を博している。アイスランドの首都レイキャビクにある現代建築の分野でも注目を集めるHarpa Concert Hallでの定期演奏会のほか、海外ツアーも積極的に行っている。桂冠指揮者としてウラディーミル・アシュケナージを擁するほか、これまでにケンプ、アラウ、ギレリス、メニューイン、ロストロポーヴィチ、バレンボイム、パヴァロッティといった一流のソリストたちが共演している。
 実は偶然なのですが、今年の夏に念願だったアイスランド旅行をしてきました。氷河、火山、瀑布、荒涼とした大地、素晴らしい自然の景観を堪能するとともに、過酷な環境のなかで大地を踏みしめるように実直に暮らすアイスランドの方々にも強い印象を受けました。それと安易に結びつけてはいけないのかもしれませんが、でもこのオーケストラの音はアイスランドの自然や人間を思い起こさせます。外連味のない真面目な音楽づくりと、玲瓏な音。やや迫力不足の感は否めませんが、それを補って余りある美しい音楽でした。指揮者のアシュケナージもその魅力を十分に引き出したと思います。なお彼らの本拠地であるHarpa Concert Hallも見学してきましたが、柱状節理を模したユニークな意匠でした。
 そしてアシュケナージの両肩につかまるようにして辻井君が登場しました。万雷の拍手のあと椅子に座り、両手を左右に大きく広げて鍵盤の位置を確認する姿が印象的です。もちろん眼前の譜面台には何も置いてありません。目が見えないというハンディキャップを背負いながら、いったい彼はどれくらいの努力をしたのでしょう。ただただ首が下がるだけです。そういえば中野雄氏が『モーツァルト 天才の秘密』(文春新書487)の中で、モーツァルトについてこう言っておられました。
 …群百の音楽家に比して、百倍も千倍も努力した人であった。ただ、彼はその"努力"を「つらい」とか、「もういやだ」と思わなかっただけの話である。
 そういう意味では、辻井君も天才なのかもしれません。そして音楽がはじまりました。ショパンのピアノ協奏曲第2番は、第1番に比べてやや地味な印象があります。しかし辻井君の手にかかると、珠玉の逸品に生まれ変わります。彼の弾く和音の何と美しいことよ。絶妙のバランスで和音を美しく響かせているのでしょう、その聴覚の鋭敏さには脱帽です。またオーケストラの伴奏とのバランスも見事です。押すべきところ押し、引くべきところは引く、自らの奏でる音とオーケストラの音を丁寧に聞き取りながら、両者を一つの音楽に撚りあげる。素晴らしい耳です。『ピアノの森』(一色まこと 講談社)の中で、アンジェイ・パヴラス先生が雨宮修平に、「自分の音をきちんと聞けたら、名人の域だ」と諭したことを思い出しました。
 辻井伸行君、もとい辻井伸行氏、素晴らしいピアニストでした。もう一度、いや何度でも聴きにこようと山ノ神と意気投合しました。嬉しいことにアンコールを弾いてくれましたが、スイング感とスピード感にあふれたノリノリの佳曲でした。音楽を奏でる喜びに満ちた辻井氏の超絶技巧に脱帽。ブラーボ。後で、ウクライナの現代作曲家ニコライ・カプースチンの「8つの演奏会用練習曲」第1番だと判明。さっそくCDを購入して、いまハマっています。
 そして休憩、外で紫煙をくゆらしながら興奮と熱気をさまし、さあシベリウスの交響曲第2番です。シベ二、実はこれも、前述の大学オーケストラの定期演奏会で初めて弾いた思い出の曲です。私は交響曲第3~6番の方が好きなのですが、もちろん第2番も良い曲です。迫力はありませんが、一音一音を大切に奏でる緻密なアンサンブル、そして丁寧な音楽づくりに心惹かれました。
 アンコールは、私の大好きなシベリウスの「悲しきワルツ」。美しく魅惑的なワルツ、狂熱の乱舞、そして静寂と死。小品ながらも、変化に富んだ素晴らしい曲です。アイスランド交響楽団の端正で誠実な演奏を堪能しました。中間部でもっとデモーニッシュな雰囲気があってもよかったかな、まあ諒としましょう。

 というわけで辻井伸行氏の演奏とシベリウスの音楽を満喫できた素晴らしい午後でした。特に辻井氏のピアノはリピーターになりそうな予感。御贔屓にさせていただきます。

 おまけの蔵出し写真、上からフィンランド・ハメーンリンナにあるシベリウスの家(二枚)、ヘルシンキのシベリウス公園(二枚)、そしてアイスランド・レイキャビクのHarpa(ハルパ) Concert Hall (二枚)です。
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by sabasaba13 | 2018-12-14 06:24 | 音楽 | Comments(0)

『華氏119』

c0051620_21544433.jpg 骨太の批判精神で権力に立ち向かうマイケル・ムーア監督の大ファンです。これまでも『ボウリング・フォー・コロンバイン』、『華氏911』、『シッコ』、『キャピタリズム ~マネーは踊る』を拝見して、アメリカという国家が抱える宿痾を痛感するとともに、それを剔抉して人びとに伝え、怒り笑い闘う彼の姿には頭が下がります。妙心寺退蔵院で偶然お逢いできた時はほんとうに嬉しかったなあ。
 その彼の最新作『華氏119』が公開されるというので、矢も楯もたまらず山の神を誘って「ユナイテッドシネマとしまえん」へ見に行きました。まずは公式サイトから、あらすじを引用します。
 2016年11月7日、投票日前夜、アメリカの人々は初の女性大統領の誕生を確信していた。だが、11月9日、当選者として発表されたのは、ヒラリー・クリントンではなく、「あり得ない」はずのドナルド・トランプだった。
 「僕らはどれだけ彼を知っているだろう?」と、マイケル・ムーアは問いかける。娘のイヴァンカを異常なほど溺愛し、人種差別を堂々と表明し、独裁者など強い男が大好きで、女性にはセクハラ三昧。誰もが知っているそんなスキャンダルはしかし、トランプというモンスターの爪先ほどの情報にすぎなかった。
 時は2010年にさかのぼる。トランプの古くからの友人であるスナイダーという大富豪が、ムーアの故郷であるミシガン州の知事に就任した。権力に目がくらんだ知事は、緊急事態を宣言して市政府から権限を奪い、代わりに自らの取り巻きを送り込んだ。2013年、スナイダーのもとを訪れたトランプは、友人が支配する街を見て、羨ましそうに「次に進むためなら仕方ない。国も同じかも」などと発言。さらにスナイダーは金儲けのために、黒人が多く住むフリントという街に民営の水道を開設するが、この水に鉛が混じっていた。だが、知事は頑として問題ないと主張し続ける。
 時は再び選挙運動の真っ只中へ。そもそもアメリカは左寄りの国で、トランプの支持率は元々低い。リベラルな民主党が常に高い支持率を誇り、大統領選の得票数も、ヒラリーがトランプより300万票多く獲得した。では、いったい何があったのか? ムーアはこの国の根深い問題である、ひとり1票ではない"選挙人制度"と無投票数が絡み合い、トランプを支持する少数派がアメリカ全土の意志へと変わってしまう、恐ろしい"からくり"を明かしていく。
 さらにムーアは、罪はトランプだけではないと、勝利だけに走り民主党のハートを失くしたビル・クリントン、労働者階級や若者から絶大な人気のあったバーニー・サンダースを降ろしてヒラリーを代表にするために、民主党が使った禁断の手を紐解いていく。
 カメラは一転、腐敗した権力と闘うために、立ち上がった人たちを追いかける。フリントの汚染水問題に抗議する地域住民、「誰もやらないなら私がやろう」と下院に立候補した、1年前まではレストランで働いていたアレクサンドリア・オカシオ=コルテス、ウエストバージニア州で教師の低賃金に抗議するために決行されたスト、フロリダ州パークランドの高校銃乱射事件で生き残った高校生エマ・ゴンザレスの銃規制への訴え──。
 激しくなる一方の抗議に追いつめられたスナイダー知事は、当時の大統領オバマに助けを求める。オバマとの対話集会が開かれ、市民は"私たちのヒーロー"が助けてくれると歓喜するが、あろうことか彼は壇上で水を飲むパフォーマンスを行い、人々を心底ガッカリさせる。
 再びカメラがトランプに戻り、ムーアはヒトラーが暴走する前のドイツと今のアメリカとの共通点を挙げる。そしてヒトラーは、"ドイツ・ファースト"を掲げて人気を博した。トランプは今、2期目への選挙運動を始めている。「4年、8年、16年だっていい」などと口走りながら。もはや民主主義はそこにあるものではなく、守らなければならないものに変わったのだ。
 果たして、世界一のトランプ・ウォッチャーとなったムーアが出した、未来のための答えとは─?
 なお題名ですが、おそらくレイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』から連想したものでしょう。本の所持や読書が禁じられ、見つけた本を燃やしてしまう社会を描いたディスユートピア小説で、題名は紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味しています。「119」は、ドナルド・トランプが大統領に当選した2016年11月9日のことで、アメリカが炎上してしまうという比喩なのだと思います。
 キレッキレの批判と風刺、ノリノリのストーリーテリング、そして全編にあふれるユーモア、ムーア監督絶好調です。本作品を見て、トランプ大統領の政策は「アメリカ・ファースト」というよりも、「自分と富裕層と企業・ファースト」であることがよくわかりました。その背景を、堤未果氏が『日本が売られる』(幻冬舎新書)の中で鋭く指摘されているので紹介します。
 冷戦後、戦争の舞台は金融市場へと移り、デリバティブがあらゆるものを国境を越えた投資商品にした。エネルギー、温暖化ガス排出権、国家の破産、食糧、水などが投機の対象になり、外交では他国への攻撃力を持つ新しい大量破壊兵器になる。
 多国籍企業群は民間商品だけでなく公共財産にも触手を伸ばし、土地や水道、空港に鉄道、森林や学校、病院、刑務所、福祉施設に老人ホームなどがオークションにかけられ、最高値で落札した企業の手に落ちるようになった。
 企業は税金を使いながら利益を吸い上げ、トラブルがあったら、責任は自治体に負わせて速やかに国外に撤退する。水源の枯渇や土壌汚染、ハゲ山や住民の健康被害や教育難民、技術の流出や労働者の賃金低下など、本来企業が支払うべき〈社会的コスト〉の請求書は、納税者に押しつけられるのだ。(p.5~6)
 リベラルなバーニー・サンダースを、卑劣な手段で大統領候補から引きずり降ろした民主党の内幕も容赦なく暴いてくれます。本質において、共和党と民主党は変わりないのですね。この二大政党が政権を盥回しにすれば、企業も富裕層も安泰なわけだ。外務省の西村熊雄・元条約局長の言を借りれば、「裸の鰹節」と「桐箱におさめ、奉書で包み、水引をかけ、熨斗までつけた鰹節」の違いですね。
 そしてこの映画の白眉は、市民を踏みにじりながら私腹を肥やす権力に対して、異議を唱えて行動する人びとを描いたことです。汚染水問題に立ち上がった住民、低賃金に抗議してストをうつ教師たち、そしてマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件後、銃規制を訴えて立ち上がった高校生たち。中でも一番感銘を受けたのが、高校生たちの姿です。この事件で生き残ったエマ・ゴンザレスは、抗議行動「命のための行進」の壇上でトランプ大統領に怒りの言葉を投げつけます。プログラムから引用します。
 彼は全米ライフル協会(NRA)からいくらもらってる? 答えなくていい。知ってるから。3000万ドルよ。2018年の一カ月半だけを取って、その銃撃の犠牲者数で割ると5800ドルになる。トランプ、これが命の値段? 銃規制では解決しないって? デタラメだ! 私たち子供は何も分かってないし、政治も分からない? デタラメだ!
 集会や行進を企画し、インターネットを駆使して参加者を集め、明るく楽しく真摯に銃の規制を求める彼ら/彼女らの姿には瞠目しました。権力者たちが一番恐れているのは、批判し、抗議し、行動する若者でしょう。おそらく文部科学省は、「安倍、お前のやっていうことはデタラメだ!」などと騒ぎたてず、スマホやゲームやSNSに没入して政治に無関心な若者を育てるよう日々尽力されているのではないかな。

 そして映画は、マイケル・ムーア監督のメッセージで終わります。いま、必要なのは"希望"ではなく、"行動"だと。ラジャー。

 後日談です。「朝日新聞デジタル」(2018.11.8)に、彼へのインタビュー記事が載っていたのですが、その中でこう語っています。
 トランプ氏は、空から降ってきたわけではありません。トランプ氏は、私たちそのものなのです。もしトランプ氏を排除しようとするのなら、私たち自身の振る舞いを変えなければなりません。
 納得。同様に、安倍晋三氏も地から湧いてきたわけではありません。私たちそのものなのです。
by sabasaba13 | 2018-12-12 06:26 | 映画 | Comments(0)

函館・札幌編(17):函館(15.9)

 さて山ノ神も目覚めたことだし、朝食を食べにいきますか。なおコンフォートホテル函館では、朝食は無料です。朝食会場に行くと充実したメニューで、特に日替わりスープ全8種類というのが嬉しいですね。山ノ神はテアニン味噌スープを、私はボルシチをいただきました。
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 部屋に戻って身支度をととのえ、チェックアウトをして荷物をフロントに預けていざ出発。ちなみに本日は、午前中は函館をぶらつき、午後は大沼公園を散策、そして札幌に移動してカニを食べるという予定です。外に出てまずは函館山にご挨拶、そして朝市へと向かいます。途中で「落雪注意」という札がかかっていましたが、冬場にはここ函館でもかなりの降雪があるのでしょう。そして朝市にとうちゃこ。
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 戦後間もない1945年に函館駅前で農家が野菜の立ち売りをしたのが始まりだそうです。主に海鮮を商う小さなお店が所狭しと軒を並べ、まだ九時前だというのに大勢の観光客で溢れかえっていました。いろいろなお店をひやかしながらそぞろ歩いていると、山ノ神が足を止めて何かを凝視しています。その視線の先を見ると…メロン。「ずるい、何でこんなに安いの」と地団駄を踏んでいます。そうか、昨日五稜郭で買ったメロンの値段と比べているのですね。花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だと慰めて、市電乗り場へ。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2018-12-10 15:32 | 北海道 | Comments(0)