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奇想の系譜

c0051620_21543689.jpg 美術史家・辻惟雄氏の名著『奇想の系譜』に基づく展覧会が、上野にある都美術館で開催されていることを知りました。主催者のあいさつ文を紹介します。
ごあいさつ
 美術史家・辻惟雄氏が、1970年に著した『奇想の系譜』。そこで紹介されたのは、それまでまとまって紹介されたことがない、因襲の殻を打ち破り意表を突く、自由で斬新な発想によってわれわれを、非日常的な世界に誘う絵画の数々でした。それから半世紀経った現在では、かつては江戸時代絵画史の傍流とされていた画家たちが、その現代に通じる革新性によって熱狂的ともいえる人気を集めています。
 本展では、『奇想の系譜』で取り上げられた六名の画家、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の他に、白隠慧鶴、鈴木其一を加えました。
 おおっ、私の大好きな伊藤若冲や、長沢芦雪や、歌川国芳の絵を一堂に会して見られる、これはたまりません。さっそく山ノ神を誘って、見に行くことにしました。

 時は三月の下旬、今年は開花が早いため、上野の桜はもう五分咲きです。よって上野公園はたくさんの人が押しかけ大混雑でした。おまけに上野動物園のパンダが先着順で見られるようになったことも混雑に拍車をかけたようです。さてお目当ての展覧会の混雑はどうでしょうか。以前に開催された「伊藤若冲展」が凄まじい混雑で見るのを諦めたことがトラウマとして心に残っています。戦々恐々としながら入口を入ると、チケットを購入するための行列はさほど長いものではありません。ああよかった。十五分ほど並んで買うことができました。
 まずは「幻想の博物誌」伊藤若冲。動物や植物を、リアルに、華麗に、生き生きと描いた彼の絵を見るたびに生きていてよかったと思います。生命の讃歌ですね。圧巻は「象と鯨図屏風」、巨大な象と鯨の対比、そして今にも“パオー”という嘶きが聞こえてきそうな愛らしい象。お得意の鶏をさまざまな姿で描いた「鶏図押絵貼屏風」では、真正面から描いた鶏がラブリー。思わずだきしめたくなりました、突かれそうだけど。
 次は「醒めたグロテスク」曽我蕭白、怪作「群仙図屏風」を間近で見ることができました。画面を埋めつくす不気味な仙人、仙女、龍、童子、そしてこの世のものとは思われないド派手な着色。見ているだけで気持ちが悪くなってくる絵など、そうそうお目にはかかれません。
 「京のエンターティナー」長沢芦雪のコーナーでは、「白象黒牛図屏風」に見入ってしまいました。白い巨象にとまる黒い烏、黒い巨牛のもとの白い子犬。大と小、黒と白のみごとな対比です。もちろんそれぞれの動物も的確に描写されています。カタログの解説で辻惟雄氏は、巨大な動物を対比的に描いたという点で、若冲の「象と鯨図屏風」との類似を指摘され、どちらかが、どちらかを見て刺激され描いたのではないかとされています。そして見た場所は、祇園祭礼の宵山の屏風見せの折と推測されています。「群猿図襖」もいいですね、群れ集う猿たちを個性豊かに描き分けています毛の柔らかさを表現する筆力には脱帽です。実は今回の展覧会で一番見たかったのが、芦雪の「なめくじ図」です。なんと、なめくじと彼が這った跡だけを描いた、空前絶後の絵です。その曲線がまるで抽象絵画の如きデザイン、これぞ奇想! カタログで馬渕美帆氏が、これは席画(画家が招かれた会席で客の注文に応じて描かれた絵)ではないかと指摘されているのは卓見です。画面を一筆書きで埋め始めて観客たちを驚かせ、最後になめぐじを描いて種明かしという趣向。うわお、その場に居合わせたかった。
 なお芦雪は、亀甲型の外郭のなかに「魚」の一字を入れた独特な印を使っていますが、その由来についての辻惟雄氏による解説がありました。『近世名家書画談』によると、芦雪が淀から四条の応挙の画房に通って修業を積んでいたころ、ある寒い冬の朝、往きの途中の小川が凍って、魚がそのなかに閉じ込められて苦し気なのを見ました。帰りに覗いてみると、氷がだいぶ溶け、魚が自由を得て嬉し気でした。そのことを翌日師に話すと、自分も修業時代は苦しかったが、そのうちだんだん氷が溶けるようにして画の自由をえたのだと諭され、肝に銘じて終生この印を用いたということです。いい話ですね。
 「執念のドラマ」岩佐又兵衛コーナーでは、凄惨な場面を豪華絢爛な色彩で描いた「山中常盤物語絵巻」が展示されていました。ほんとうは「洛中洛外図屏風」と「豊国祭礼図屏風」が見たかったのですが、展示替えがあって見られなかったのが無念。
 「狩野派きっての知性派」狩野山雪の絵は、正直に言って、若冲や芦雪にくらべてやや見劣りがします。私の眼力不足かな。
 「奇想の起爆剤」白隠慧鶴の禅画は、若冲、蕭白、芦雪など18世紀の京都画壇の個性的な表現が生まれるための起爆剤となった可能性が近年指摘されているそうです。縦2メートルもある巨大な「達磨図」の大胆不敵な表現を見るとさもありなんと思えます。
 「江戸琳派の鬼才」鈴木其一(きいつ)は、その高名はたびたび耳にしますが彼の絵を見たのははじめてです。うん、いい。繊細で的確な表現力と、華麗な色彩には目を瞠りました。「貝図」がいいですね、日ごろ何気なく食べている貝がこんなにも美しいものだと、其一に教えられました。「百鳥百獣図」は、数多の鳥と獣が双幅を埋めつくす生命の楽園です。見ているうちに幸せな気持ちとなり、耳朶にチャールス・ミンガスの「クンビア&ジャズ・フュージョン」の楽し気な調べが鳴り響てきました。
 そして掉尾を飾るのが「幕末浮世絵七変化」歌川国芳です。人体で顔を構成する「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」、猫を使った駄洒落で東海道五十三次を描いた「猫飼好五十三疋」、巨大な骸骨がぬっと姿をあらわす「相馬の古内裏」など、奇想が炸裂。しかし今回の展覧会で一番感銘を受けたのは、「火消千組の図」という額絵です。霊岸島や箱崎町を担当する火消の千組が成田山新勝寺に奉納したものです。手に手に鳶口を持った138人の火消が威風堂々と火事場に向かう姿を描いた絵ですが、その迫力には圧倒されました。ワーグナーの楽劇「タンホイザー」の行進曲が耳朶に鳴り響きます。またそれぞれの表情や刺青まで丹念に描き分けているのにも感嘆します。

 ああ面白かった。楽しかった。驚いた。やはり美術はこうでなくてはいけません。二百数十年後の私たちをこれほどドキドキワクワクさせてくれる奇想の画家たちにあらためて敬意を表します。そしてこうした美術を生み出した江戸という時代を、あらためて見直したいと思います。
by sabasaba13 | 2019-05-10 06:18 | 美術 | Comments(0)

『福島は語る』

c0051620_2184970.jpg 『“私”を生きる』や『沈黙を破る』といった秀作を世に送りだし、ジャーナリストとしても活躍しておられる土井敏邦氏が、『福島は語る』という映画をつくられたそうです。その意図を、土井氏は公式サイトで次のように述べられています。
 原発事故から8年が過ぎました。日本は、2020年の東京オリンピックに向けて浮き足立ち、福島のことは「終わったこと」と片づけようとしているように感じます。しかし、原発事故によって人生を変えられてしまった十数万人の被災者たちの心の傷は疼き続けています。
 100人近い被災者たちから集めた証言を丹念にまとめました。その“福島の声”を、忘却しつつある日本社会に届けたいと願い、この映画を制作しました。
 まったくです。昨今では、東京オリンピックに加えて、新元号や新天皇の即位や十連休で大騒ぎしている日本社会。ほんとうに福島のことは、きれいさっぱり忘れてしまったようです。原発マフィアの皆さまの、ほくそ笑む顔が目に浮かびます。しかしこの事故のことは、絶対に忘れてはならない。問題の所在をはっきりさせておきましょう。それを明確に示してくれた中野敏男氏の一文を、『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』(NHKブックス1191)から引用します。
 …現在では、東日本大震災を前後して大きく問題化した二つのことが、あらためてその現状を厳しく照らし出すことになりました。
 その二つとは、ひとつは、普天間基地移転が焦点化する中であらためて問われている沖縄の過重負担という問題であり、もうひとつは、震災にともなう福島第一原子力発電所の事故に端を発した深刻な原子力災害のことです。わたしたちはいま、戦後に植民地主義の継続を考える際に、この戦後世界に作られていた「犠牲やリスクを不平等に配分する差別的な秩序」の存在に注目しました。ここまではそれをまずは冷戦状況下での東アジア地域の国際関係に即して見たのでしたが、そのような「犠牲やリスクの不平等」という差別はそれに限らず、「基地国家」とされるこの国の内外にさまざまに組織され、あるいは再編されて持続してきたと考えなければなりません。その中でも、過重な基地負担を強いられ続けている沖縄の問題と原発リスク負担を引き受けてきたフクシマの問題は、現在の日本社会にとって存立の基盤そのものに関わる、負担の深刻な差別的秩序の存在を露呈させたのでした。軍事基地の負担を沖縄に集中し、エネルギー供給に関わるリスクをフクシマその他に集中さしていればこそ、今日まで日本の他の地域の人々は、日常的にはそんな負担やリスクを意識しないままに「平和で豊かで安全な日本」であるという中央中心の自己認識をずっと維持してこられたわけです。そうであれば、これもまたひとつの植民地主義と言わねばならないのではないでしょうか。
 このように考えてくると、東日本大震災を経た今日、この日本は確かにひとつの大きな曲がり角に立っているということが分かります。大地震そのものは天災でしたが、それが重大な犠牲を強いつつ暴露してしまった事態は、「犠牲やリスクの不平等」を生むこんな差別的秩序に依存して進められてきた戦後日本の「経済成長」路線、この意味で植民地主義に立脚するこれまでの拡張路線の、手酷い破綻であるに違いありません。(p.287~8)
 そう、福島の原発事故を忘れてしまうと、沖縄の新基地建設強行に無関心だと、この「犠牲やリスクを不平等に配分する差別的な秩序」がこれからも未来永劫に続くということです。庶民を静かに抹殺しながら、一部の富者や強者が富み栄えるというこの社会が。
 過重なリスクを負わされて深刻な事故にまきこまれ、そして抹殺されつつある“福島の声”に耳を傾けることによって、このえげつなくいかがわしいシステムを体感したく思い、吉祥寺にある「ココロヲ・動かす・映画館◯」で見てきました。
 下記の八章仕立てで、計14人へのインタビューと、福島の美しい自然の映像で構成されています。『福島からあなたへ』の著者、武藤類子も登場されていました。

第一章 「避難」
 「自主避難」をめぐる家族間の軋轢と崩壊。他県で暮らす避難者たちと福島に残る人びととの乖離、避難生活の厳しさと苦しさに引き裂かれていく福島出身者たち。

第二章 「仮設住宅」
 4畳半一間での独り暮らす孤独感と先が見えない不安。「避難解除」され「仮設」を出ても、大家族が共に暮らす元の生活に戻れない絶望感。

第三章 「悲憤」
 「補償」の負い目と“生きがい”の喪失。「帰村宣言」で補償を打ち切られた生活苦と先の見えない不安と病苦。“自死”の誘惑が脳裡を過ぎる。

第四章 「農業」
 「福島産だから」と避けられる農産物。福島を想いながらも他県産を求める自責と葛藤。農家は“農業と土地への深い愛着”と、経営破たんの危機の間で揺れ動く。

第五章 「学校」
 避難し各地に離散した教え子たちに手書きの「学年便り」を送り続けた教師。差別を恐れ「原発所在地」出身だと名乗れない子どもたち。

第六章 「抵抗」
 水俣病と同様に被害を隠蔽し矮小化する国家の体質。“尊厳”のために闘う沖縄に、福島の闘いを重ね合わせる反原発運動のリーダーの抵抗。

第七章 「喪失」
 「帰還困難区域」となった飯舘村・長泥で、家と農地、石材工場を失った住民。追い打ちをかけるように、将来に絶望した跡取り息子を失う。原発事故で「人生を狂わされた」被災者の慟哭。

最終章 「故郷」
 「住民の一人ひとりの半生を全てを知る」故郷。「汚染されても美しい」故郷。原発事故が福島人に突き付けた“故郷”の意味。

 どのインタビューでも胸に突き刺さるような言葉が紡ぎ出されていますが、断腸の思いで二人だけ紹介します。
佐久間いく子さん
Q.生きていてもしようがないと思うことある?
うん。何回も思っている。ああ、今日逝くのかなあって。思う、思う。透析やっていると血圧が下がる。すると「ああ、もう、逝っていいや」って。
Q.どうしようもない気持ちに時々なるんだ?
時々じゃない。毎日ぐらい(笑い)。いい時なんて、ちっともない。
Q.何もかも失ったという気がする?
手足もぎとられたって感じかなあ。目に見えるものなら、掃いて集めて捨てるってこともあるけど、目に見えないものだから、これには困っちまうなあ。なんて言ったらいいのかなあ。どこさ、言っていいのかわからない。
Q.帰って生活もできない、コメも作れない。それで帰れって、補償を切る
死ねって言うみたい。
Q.そう聞こえるんだ?
うん。おめえら死んでもいいという感じだな。そうでしょ?

村田弘さん
 一言でいうと、(日本社会は)変わっていないと思います。国家が民衆に対応するときの姿勢は、基本的にまったく変わっていない。そのことが全く変わらず、また繰り返されようとしている結論に近いものを持っています。
 僕が駆け出し記者の頃、昭和42、43年ごろですが、朝日新聞・熊本支局にいました。当時、公害基本法などができて、「水俣の見直し」があった頃で、その取材をしていました。あそこで見たことも同じなんですよ。普通の人に被害が及ぶと、まずそれを隠す。(国は)チッソが水銀を放出していたことは最初、隠していた。それが隠しようがなくなると、それをごまかそうとする。それには学者も絡みます。それもごまかしきれなくなると、今度は範囲を狭める、矮小化する。被害を否定できなくなると、範囲を狭めるんです。それで矮小を認めて、問題を終りにしようとする。
 生活苦、病苦、孤独、先行きへの不安、軋轢、悔しさ、差別、絶望、分断、いじめ、希望、怒り。さまざまな語り口と表情で語られる福島の現状には、言葉もありません。東京オリンピックや新元号で浮かれている場合ではないでしょう。あらためて、この原発事故が多くの人びとの人生や暮らしを破壊し、美しく懐かしい故郷を破滅させたという事実に立ち竦む思いです。そして原子力マフィアや、この差別のシステムを駆動させている方々に対する瞋恚の焔が燃え上がります。J・M・クッツェーの卓抜な表現を借りると、彼ら/彼女らを「なろうことなら、ガラスをぶち破り、手を中まで伸ばしてやつをそのぎざぎざの破れ目から引きずり出し、やつの肉が尖ったガラスの先にひっかかってずたずたに切れるのも構わず、地べたに放り投げて外形もわからぬまでに蹴飛ばしてやりたいという衝動に駆られ」ます。(『夷狄を待ちながら』p.323 集英社文庫)

 そしてインタビュイーにこうした深く重い言葉を語らせた土井監督の手腕には敬意を表します。その背景について、プログラムに監督の言葉が載っていました。
 しかしそれまでのインタビュー映像を粗編集してつないでみると、自分の胸にストンと落ちる記録映像ではなかった。“胸に染み入る深さ”がないのである。
 原発事故後に自分や家族に起こった事象、今に至るまでの生活環境の変化、その中で抱え込んだ「問題」はある程度表現されてはいるが、語る人の内面、“深い心の傷”“痛み”が十分に引き出せてはいなかった。つまり「問題」は描けていても、その中で呻吟する“人間”が描き切れていなかったのである。
 そんな時、1冊の本に出会った。2015年度のノーベル文学賞を受賞したスベトラーナ・アレクシエービッチ著『チェルノブイリの祈り』である。
 この本は、事故から10年後に発表された事故被害者たちの証言集だ。そこにはアレクシエービッチ自身の解説はない。ひたすら被害者たちの生々しい語りが続く。しかもそれは単なる「事実の羅列」ではない。その言葉が、読む私の心に深く染み入るのだ。「被害者の証言」だけの作品なのに、なぜこれほどまでに私は衝撃を受けたのか。なぜこれほど読む者の心を揺さぶる語りを聞き出せたのか。どうすれば「事故の緊急リポートにすぎず、本質はすっぽり抜け落ちてしま」(アレクシエービッチ)わないドキュメントが生み出せるのか。私の“フクシマ”取材の行き詰まりを抜け出すヒントがここにあるような気がした。
 どんな過酷な事象や体験をも、「尊厳ある伝え方」で伝えていく。単に目の前に現れる、また語られる現象や事実を、ただ表象をなぞるのではなく、その本質と尊厳を見出す目。私が“フクシマ”取材に行き詰っていた原因はその欠落にあるのだろうか。それ以前に私は、“フクシマ”を伝えるためにこれまでに一体どれほどの「心のたたかい」をしてきただろうか。
 それでも私は、ここでおずおずと引き下がりたくはないと思った。「自分にはできない」と投げ出すことは、「心のたたかい」を放棄し自身の尊厳を放棄することに等しいことだからだ。
備わった資質もない私でも、“伝え手”としてできることがあるはずだ。「一人ひとりの人間が消えてしまったように」されていく国内の現状の中で、「個々の人間の記憶を残すこと」はこんな私でもいくらかはできるはずだ。
 アレクシエービッチにはなれなくても、『チェルノブイリの祈り』ほどの記録は残せなくても、私なりに「“フクシマ”の記憶と記録を残す」ことはできるはずだ。「福島は語る」はそういう試行錯誤と暗中模索の中で、かたちとなった作品である。
 そうか、スベトラーナ・アレクシエービッチに触発されたのか。私も、彼女の著作は『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)、『ボタン穴から見た戦争』(岩波現代文庫)、『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)を読んだので、土井監督の想いがよくわかります。本質を見極める明晰な頭脳と、人間の尊厳に敬意を払う温かい心。

 福島を、そして沖縄を忘れることは、犠牲となった方々を抹殺することです。そしていつか自分も抹殺されることです。いや、もうすでに抹殺されつつあるのに、気づかないだけなのかもしれません。誰かを犠牲にして維持されるこのおぞましいシステムを止めましょう。できるのか? できます。このシステムは、私たちの知的および倫理的怠惰を燃料としているのですから。福島の悲劇を忘れてオリンピックや新元号に現を抜かす私たちの倫理的怠惰に、強烈な喝を入れてくれる必見の映画でした。お薦めです。

 追記です。『チェルノブイリの祈り』でドッグ・イヤーを折ったところを読み返すと、福島との共通点が多いことにあらためて気づきます。
セルゲイ・ワシーリエビッチ・ソボリョフ
 国は詐欺師ですよ、この人たちをみすててしまった。(p.146)

ゾーヤ・ダニーロブナ・ブルーク
 私はすぐには分からなかった。何年かたって分かったんです。犯罪や、陰謀に手を貸していたのは渡したち全員なのだということが。(沈黙) (p.189)

 人間は、私が思っていた以上に悪者だったんです。(p.189)

 ひとりひとりが自分を正当化し、なにかしらいいわけを思いつく。私も経験しました。そもそも、私はわかったんです。実生活のなかで、恐ろしいことは静かにさりげなく起きるということが。(p.190)

ビクトル・ラトゥン
 わが国の政治家は命の価値を考える頭がないが、国民もそうなんです。(p.214)

ワシーリイ・ボリソビッチ・ネステレンコ
 私は人文学者ではない。物理学者です。ですから事実をお話ししたい。事実のみです。チェルノブイリの責任はいつか必ず問われることになるでしょう。1937年〔スターリンによる大粛清〕の責任が問われたように、そういう時代がきますよ。五〇年たっていようが、連中が年老いていようが、死んでいようが、彼らは犯罪者なんです! (沈黙) 事実を残さなくてはならない。事実が必要になるのです。(p.237)

ナターリヤ・アルセーニエブナ・ロスロワ
 でも、これもやはり一種の無知なんです。自分の身に危険を感じないということは。私たちはいつも〈われわれ〉といい〈私〉とはいわなかった。〈われわれはソビエト的ヒロイズムを示そう〉、〈われわれはソビエト人の性格を示そう〉。全世界に! でも、これは〈私〉よ! 〈私〉は死にたくない。〈私〉はこわい。チェルノブイリのあと、私たちは〈私〉を語ることを学びはじめたのです、自然に。(p.253)

by sabasaba13 | 2019-05-08 06:25 | 映画 | Comments(0)

へそまがり日本美術

c0051620_11581565.jpg 府中市美術館が気になります。『ノーマン・ロックウェル展』や『歌川国芳展』といった正統的な企画はもちろん、『立石鐵臣展』や『長谷川利行展』といった通好みの企画や、『石子順造的世界』といった意表を突く企画など、小さいながらも端倪すべからざる美術館です。
 またアプローチもよろしい。武蔵野の面影を残す府中の森公園を気持ちよく散策しながら辿り着けます。戦争遺跡フリークの方は、近くにある巨大なパラボラ・アンテナ(在日米軍旧府中通信施設)もお見逃しなく。
 今回の展示は「春の江戸絵画まつり」と称して、『へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで』というものです。…………………………なんじゃそりゃ! 公式サイトより、紹介文を引用します。
 人は、見事な美しさや完璧な美しさに、大きな感動を覚えます。しかしその一方で、きれいとは言いがたいもの、不格好で不完全なものに心惹かれることもあるでしょう。「へそまがりの心の働き」とでも言ったらよいでしょうか。
 例えば、禅画に描かれた寒山拾得の二人は、不可解さで見る者を引きつけます。また、江戸時代の文人画には、思わず「ヘタウマ?」と言いたくなるような作品があります。文人画の世界では、あえて朴訥に描くことで、汚れのない無垢な心を表現できると考えられていたのです。
 あるいは、徳川家光が描いた《兎図》はどうでしょうか。将軍や殿様が描いた絵には、ときおり見た人が「???」となるような、何と言い表せばよいか困ってしまうような「立派な」作品があります。描き手が超越した存在であることと、関係があるのかもしれません。更に近代にも、子供が描いた絵を手本にして「素朴」にのめり込む画家たちがいました。
 この展覧会では、 中世の禅画から現代のヘタウマまで、 日本の美術史に点在する「へそまがりの心の働き」の成果をご覧いただきます。へそまがりの感性が生んだ、輝かしくも悩ましい作品の数々を眺めれば、日本美術のもう一つの何かが見えてくるかもしれません。

 日本初!「へそまがり」で美術史を俯瞰する展覧会。中世の水墨画から現代のヘタウマ漫画まで、日本人の「へそまがりな感性」が生んだ絵画の数々を展望する初めての展覧会です。

 破壊力のある作品が勢ぞろい! 「おかしい」「ユルい」「へんてこ」「苦い」「かわいい」など、従来の"美術鑑賞用語"からはかけ離れた言葉で形容されるような、けれども、強烈なインパクトのある作品が揃います。
 うわお、ウィントン・ケリー(p)+ポール・チェンバース(d)+ジミー・コブ(ds)トリオの演奏のような、ドライブ感にあふれたノリノリの文章ですね。"破壊力のある作品"など、まともな学芸員なら顔をしかめるような表現を使うなど、なにかやらかしてくれそうな予感がします。これはぜひ見に行きましょう。山ノ神を誘ったのですが野暮用があるため、独りで府中市美術館へ行ってまいりました。
 いやあ、ほんとうに面白かった。美術館で笑うなんて稀有な体験です。禅画、俳画、南画、近代絵画から、目が点になるような突拍子もない絵が精選されており、会場のあちらこちらで笑いの静かな漣がわいていました。伊藤若冲長沢芦雪といった大物から、名も知らぬ禅僧や絵師、さらには幕府将軍や夏目漱石まで、よくぞまあとんでもない絵を集めたものです。学芸員および関係者諸氏の天馬の如き企画力、そして眼力と知識と遊び心に、深甚なる敬意を表します。
 あまりにも楽しかったので目録も購入しましたが、こちらも秀逸。それぞれの絵に一言が添えられているのですが、これがコメントというよりもツッコミです。例えば惟精宗磬(いせいそうけい)の「断臂(だんぴ)図」。雪舟の絵で有名ですが、禅宗の祖・達磨が少林寺において面壁座禅中、慧可という僧が彼に参禅を請うたが許されず、自ら左腕を切り落として決意のほどを示して入門を許されたという有名な禅機の一場面です。そのコメント(ツッコミ)が"目と鼻はただの黒丸"。右手で刃物を持ち、いままさに左腕を切り落とそうという緊迫した場面なのですが、泣きそうな慧可の目と鼻の穴はたしかに黒い丸。そこまでハッキリ言うか、とこっちもツッコミを入れたくなります。
 というわけで、ヘタヘタと座り込みたくなるような絵を、ツッコミとともにいくつか紹介します。
"白隠を超える唐突さ" 春叢紹珠(しゅんそうそうじゅ) 「皿回し布袋図」
 額に細長い棒を乗せ、手放しで皿を回す布袋さま。「何のために???」という疑問は、袋の上に乗って楽しそうに皿を回す布袋さまの温和な表情を見ていると吹っ飛んでしまいます。くるくるくるくる…

"次の寅年にはこんな年賀状を出してみたい" 風外本高(ふうがいほんこう) 「新春賀偈」
 脱力感と破壊力という点では、本展で一、二を争う怪作です。禅の世界での新春の祝辞です が、添えられた虎が…いや、これは断じて虎ではない。猫でも熊でも犬でもない、わけのわからない動物がわけのわからないポーズで佇んでいます。でも見ていると肩の力が抜け、♪今日がだめなら明日があるさ♪と、ドン・ガバチョのように歌いたくなってきます。

"鬼はリラックスしているようにしか見えない" 風外本高 「涅槃図」
 釈迦の臨終を動物たちが嘆き悲しむ場面ですが、その描写の雑なこと雑なこと。ここまで適当に描かれると、不思議なもので抱きしめたくなってきます。金棒をわきにおいて寛いでいる鬼よ、少しは悲しいふりをしなさい。

"激しい動き、果てしない脱力感" 仙厓義梵(せんがいぎぼん) 「布袋図」
 くねくねと踊っているようにしか見えない布袋さま、いいですね。程よく力も抜けてノリノリです。なお仙厓には「目をおせば二つでてくる秋の月」という、卓袱台をひっくり返したくなるような禅画もあります。

"いくら仏の国でもあまり足を踏み入れたくない" 冨田渓仙 「石峰寺
 石峰寺は、京都伏見にある黄檗宗の寺で、伊藤若冲が庵を結び、石造の羅漢像を境内に安置したことで知られます…が、ここで描かれているのは幽鬼の如く不気味にゆらめく羅漢たち。たしかに足を踏み入れたくない。

"一度会ったら忘れられない河童" 小川芋銭 「河童百図〉幻」
 怖い… できればお会いしたくないものです。

"胴と手足を別々に作って縫い合わせた人形のよう" 三岸好太郎 「友人ノ肖像」
 まるで糸を切られて椅子に置かれたパペットのようです。友人は怒らなかったのな。なお彼の奥さんである三岸節子も画家で、彼の奔放な女性関係に苦しめられてどん底の生活を送り、彼が31歳で死んだ時に「ああ、これで私が生きていかれる」と思ったという凄絶なエピソードもあります。

"上様はどこまで本気なのか" 徳川家光 「鳳凰図」  徳川家綱 「鶏図」
 ここまでヘタだと、爽快感さえ覚えます。拝領した家臣は、どう褒めるか困っただろうなあ。もしかしたら、その困った顔を見たくてわざと下手に描いたのかもしれません。

"スナフキンではありません" 村山槐多 「スキと人」
 そう言われると、スナフキンにしか見えなくなってしまいました。余談ですが、彼がギターをかきならして歌う「おさびし山のテーマ」が大好きでした。

"笑顔とはこんなに嫌なものだったろうか?" 岸駒(がんく) 「寒山拾得図」
 ここまで人を不愉快にさせる笑顔を描いた絵師の力量には脱帽です。チコちゃんだったら、「ニヤニヤ笑ってるんじゃねえよ」と激怒するでしょうね。

"シビれるような強面の雄鶏" 長沢蘆雪 「鶏図」
 さすがは蘆雪、つがいの鶏をリアルに描写していますが、鑑賞者に「ガンつけてるんじゃねえよ」と睨みつける雄鶏の強面が尋常ではありません。ゆらめくような影も不気味ですね。道端でこんな鶏に出くわしたら、一目散に逃げましょう。

"部屋中をやるせないムードで満たす掛軸" 長沢蘆雪 「老子図」
 落胆した老子が牛の背に乗って他国へ去る場面だそうです。虚空をさまよう視線、感情を読み取れない無表情、この掛軸を飾ったら部屋中がブルーに入ってしまいそう。

"ゆるさの限界点に挑む画家" 中村芳中 「鬼の念仏図」
 大津絵の題材である「鬼の念仏」を描いた絵ですが、そのスライムの如きゆるさ加減が凄い。爽快な脱力感を心行くまで味わえる珠玉の一枚です。
 というわけで、こんなに面白い展覧会にはそうそうお目にかかれるものではありません。一緒に行けなかった山ノ神も、目録を見ながらクスクス笑い「落ち込んだ時にまた見よう」とご満悦の模様でした。5月12日(日)まで開催されていますので、思う存分脱力したい方、ぜひ府中市美術館へ。
by sabasaba13 | 2019-05-07 06:24 | 美術 | Comments(0)

『記者たち』

c0051620_2284782.jpg 『記者たち 衝撃と畏怖の真実』という映画が面白そうです。「スタンド・バイ・ミー」の名匠ロブ・ライナーが、イラク戦争の大義名分となった大量破壊兵器の存在に疑問を持ち、真実を追い続けた記者たちの奮闘を描いた実録ドラマだそうです。これはぜひ見に行かなくては。山ノ神も快諾、二人で日比谷にあるTOHOシネマズシャンテに行って見てきました。
 まずは公式サイトからあらすじを引用します。
 2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は「大量破壊兵器保持」を理由に、イラク侵攻に踏み切ろうとしていた。新聞社ナイト・リッダーのワシントン支局長ジョン・ウォルコット(ロブ・ライナー)は部下のジョナサン・ランデー(ウディ・ハレルソン)、ウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)、そして元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)に取材を指示、しかし破壊兵器の証拠は見つからず、やがて政府の捏造、情報操作である事を突き止めた。真実を伝えるために批判記事を世に送り出していく4人だが、NYタイムズ、ワシントン・ポストなどの大手新聞社は政府の方針を追認、ナイト・リッダーはかつてないほど愛国心が高まった世間の潮流の中で孤立していく。それでも記者たちは大義なき戦争を止めようと、米兵、イラク市民、家族や恋人の命を危険にさらす政府の嘘を暴こうと奮闘する…
 煮えたぎるような熱いジャーナリスト魂を小気味よく描いた秀作です。この当時、真実を報道しようとしたメディアがいかに孤立していたか、痛いほどわかりました。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった大手新聞をはじめ、アメリカ中の記者たちが大統領の発言を信じて誤った報道を続けていたのですね。「ペンタゴン・ペーパーズ」を暴いたワシントン・ポストよ、お前もか。そして傘下の新聞社からは記事の掲載を拒絶され、オフィスには匿名の脅迫メールが届き、身内からも裏切り者呼ばわりされる。
 しかし彼らは家族や恋人に支えられながら、真実の報道を追い求めます。余談ですが、ジョナサンの妻ヴラトカを演じたミラ・ジョヴォビッチに惚れました。旧ユーゴ出身という設定で、国家権力の恐ろしさを骨の髄まで知っている彼女は、「なぜ盗聴に気をつけないの」と旦那を叱責します。それはさておき、取材の方法も実話に基づいた興味深いものでした。政府高官の話はプロパガンダであることが見え見えなので、現場で働く下級のスタッフに小まめに電話をかけて取材をくりかえします。こうした地道な努力が真実へと至る道なのですね。
 そしてこの映画の主役は、何といってもロブ・ライナー監督が自ら演じる支局長ジョン・ウォルコットです。部下たちを厳しく、時には優しく叱咤激励しながら、民主主義のために政府の嘘を暴き真実を伝えようとする彼の姿には感銘を覚えました。彼の言です。
 他メディアが揃って政府の速記者になりたがるなら、勝手にやらせろ。

 政府が何か言ったら、記者として必ずこう問え。“それは本当か”

 私たちは子どもを戦争に送る人たちのために報道しているのではない。子どもを戦争に送られてしまう人たちのために報道しているんだ。
 最後の科白と共鳴するかのように、愛国心に駆られてイラク戦争に志願し、負傷によって下半身不随となって黒人青年のことがサイドストーリーとして描かれているのも見事です。

 それにしても十数年前に起きた国家権力による犯罪を、映画にしてしまうアメリカ社会の底力には頭が下がります。また国家権力と闘い真実を報道しようとするジャーナリストを描いた映画がつくられていることもお手本にしたいところです。『大統領の陰謀』しかり、『ペンタゴン・ペーパーズ』しかり。そういえば韓国でも、『共犯者たち』や『スパイネーション/自白』など、国家権力と闘うジャーナリストを描いた秀作がつくられています。なぜ日本ではこうした映画がつくられないのでしょうか。ま、“政府の速記者”を描いても面白い映画にはならないでしょうが。頑張れ、日本のジャーナリスト。

 追記です。『週刊金曜日』(№1222 19.3.1)にこういう記事が掲載されていました。
WIMNが政府に抗議声明 望月衣塑子記者にエール 宮本有紀

 安倍政権が、官房長官会見における『東京新聞』の「特定の記者」(望月衣塑子氏を指す)の質問内容を「事実誤認」とし、質問妨害などした行為について、「メディアで働く女性ネットワーク(WiMN)」が2月25日、「安倍政権による記者の弾圧・排除やこれらを正当化する閣議決定に抗議する」声明を発表した。
 声明は「『特定の記者』は約1年半、質問する順番を後回しにされ、質問中のは数秒おきに何度も『簡潔にお願いします』などと言われて制止され、妨害」されたこと、政府側が「質問が『事実誤認』『度重なる問題行為』であるとする『問題意識の共有をお願い申し上げる』との『申し入れ』を内閣記者会の掲示板に貼り出す」などしたことを「特定の記者をつるしあげ、その排除に記者クラブを加担させようとしているよう」と批判。「政府によるジャーナリストへの弾圧、言論統制そのものであり『特定の記者』を超えて、ジャーナリスト一人一人に向けられた『刃』」であると指摘し、「安倍政権は(略)直ちに記者に対する弾圧・排除をやめ、記者会見を正常化することを強く求め」ている。
 財務事務次官によるテレビ朝日記者へのハラスメントをきっかけに昨年結成されたWiMNには現在45社123人が参加。望月氏も会員だ(公表済)。代表世話人の林美子氏は「ジャーナリズムに携わる集団として、今回の事態に強い危機感を持っている。取材先や組織内でのセクシャル・ハラスメントや女性蔑視により、女性記者が仕事をしにくくなる状況と通底するものを感じる。この事態を見過ごせば、私たちの仕事の基盤が根底から揺らぐ」と話す。そして「ターゲットとされた望月記者を心から応援したい。一人ひとりの記者がその能力を十全に発揮できることが、日本の民主主義にとって不可欠だ」と強調した。(p.9)
 こうした事実や動きを知り、ジャーナリストを応援することが、政府の嘘を暴き、民主主義を守ることにつながるのだと思います。頑張れ望月記者、そしてWiMN。
by sabasaba13 | 2019-05-06 07:23 | 映画 | Comments(0)

『ブラック・クランズマン』

c0051620_17132124.jpg 『ブラック・クランズマン』という映画が面白いと、『週刊金曜日』の映画評で紹介されていたので、さっそく山ノ神と一緒に、イオンシネマ板橋で見てきました。
 まずは公式サイトから、あらすじを引用します。
 1970年代半ば、アメリカ・コロラド州コロラドスプリングスの警察署でロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は初の黒人刑事として採用される。署内の白人刑事から冷遇されるも捜査に燃えるロンは、情報部に配属されると、新聞広告に掲載されていた過激な白人至上主義団体KKK〈クー・クラックス・クラン〉のメンバー募集に電話をかけた。自ら黒人でありながら電話で徹底的に黒人差別発言を繰り返し、入会の面接まで進んでしまう。騒然とする所内の一同が思うことはひとつ。KKKに黒人がどうやって会うんだ? そこで同僚の白人刑事フリップ・ジマーマン(アダム・ドライバー)に白羽の矢が立つ。電話はロン、KKKとの直接対面はフリップが担当し、二人で一人の人物を演じることに。任務は過激派団体KKKの内部調査と行動を見張ること。果たして、型破りな刑事コンビは大胆不敵な潜入捜査を成し遂げることができるのか―!?
 人種差別の実態とそれへの批判をテーマとしながらも、コミカルな場面、スリリングな場面も程よく織り交ぜた良い映画でした。さすがは『マルコムX』などをつくった名匠スパイク・リー監督です。黒人刑事ロン・ストールワースを演じた、名優デンゼル・ワシントンを実父にもつジョン・デヴィッド・ワシントンの演技も素晴らしい。人種差別に対する怒りを胸に秘めながら、沈着冷静に捜査を進める主人公を見事に演じていました。彼は同時に、警察の内部から差別をなくしていこうとします。黒人活動家のガールフレンド・パトリスに彼はこう言います。「もし、黒人の警官が内側から世界を変えようとしたらどう思う?」 彼女は(彼を警官だとは知らず)あっさりとその理想を切り捨てます。「そんなの無理」 ロンの相棒となる白人刑事フリップ・ジマーマン役を演じたアダム・ドライバーもいいですね。彼はユダヤ人で、ロンと協力していくうちに、差別に対する意識が変わっていきます。話が進んでいくにつれて周囲の白人警官たちのロンを見る目が変化して差別意識がなくなり、協力関係が生まれていくのが爽やかでした。ロンの理想が少しだけ実現したのかなと、嬉しく思いました。
 老いた黒人が、黒人学生に昔話を語る場面がありましたが、プログラムを読んで驚きました。気づかなかった、ハリー・べラフォンテが演じていたのですね。彼は公民権運動に積極的に参加したそうです。その話とは、1916年にテキサス州ウェイコで起こったリンチ事件です。17歳の黒人少年ジェシー・ワシントンが白人女性のレイプ殺人で逮捕され、死刑判決を受けましたが、裁判所前に集まった1万人を超える群衆は死刑判決が待ちきれず、ジェシーを拉致して市庁舎前広場で、手足の指と性器を切り取り、鉄鎖で木からぶら下げて、その下で薪を組んで生きたまま火あぶりにしました。苦しみが長引くように、ジェシーは時々引き上げられました。死体は夜まで市中を引き回され、バラバラに切り刻まれて、群衆は肉片を土産に持ち帰りました。ああ…
最後の場面では、裏返しの星条旗が白と黒で描写され、アメリカにおける差別の歴史と現状が表現されます。そして2017年のシャーロッツヴィルで起きた悲劇の現場に置かれた文字、「憎しみからは何も生まれない」が大写しとなって映画は静かに幕を閉じました。エンディングで流れる曲は、故プリンスが歌う黒人霊歌「Mary Don’t You Weep」。百年以上にわたって黒人たちを慰め励ましてきた曲だそうです。
 なお正式なタイトルは「BLACKkKLANSMAN」ですが、“BLACK”は「黒人」、KkKは“Ku Klux Klan(クー・クラックス・クラン)”、KLANSMANはKKKのメンバーのことです。つまり「黒人(black)がKKKのメンバー(Klansman)になる」という意味なのですね。

 十二分に楽しめ、そして重いものが心に残る映画でした。それにしても何故人は差別をするのでしょう。自分がいつか差別をする可能性、あるいは今差別をしているのに気づかない可能性を含めて、考えていきたいと思います。そのヒントとなる一文に最近出会えました。『もっと言ってはいけない』(橘玲[あきら] 新潮新書799)から引用します。
 アイデンティティ(共同体への帰属意識)は、「俺たち」と「奴ら」を弁別する指標でもある。それに最適なのは、「自分は最初からもっていて、相手がそれを手に入れることがぜったいに不可能なもの」だろう。黒人やアジア系は、どんなに努力しても「白い肌」をもつことはできない。これが、中流の崩壊とともにアメリカの貧しい白人たちのあいだで「白人アイデンティティ主義(白人至上主義)」が急速に広まっている理由だ。彼らは「人種差別主義者」というよりも、「自分が白人であるということ以外に誇るもののないひとたち」だ。(p.35)
 なるほど、これは首肯できる味方です。私たちの社会でも、「自分が日本人であるということ以外に誇るもののないひとたち」が増えているような気がしますが、いかがでしょう。
by sabasaba13 | 2019-05-03 07:22 | 映画 | Comments(0)

姫路・大阪・京都編(9):陶然亭(15.12)

 それでは予約してある京都白川の「陶然亭」へ行き夕食をいただきましょう。天王寺駅から大阪メトロ谷町線に乗って天満橋へ、京阪本線特急に乗り換えて祇園四条駅で下車。白川のすぐ近くにある、われわれ御用達の和食の店「陶然亭」に着きました。その上品な美味しさと趣味の良い器に惚れこんでおり、京都に来たら必ず食べに寄ります。

 本日の料理、まずはタラの白子の茶わん蒸し。
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穴子の刺身。
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シマアジとマグロの刺身とウニ。
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グジの焼きもの。
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マツバガニとイクラ。
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カラスミ、エビイモ、ムカゴ、玄米。
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穴子丼。
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じゃこ飯。
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漬物。
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デザートの焼きプリン。
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 んもう、舌鼓がエルヴィン・ジョーンズのようなポリリズムを叩き出します。素材を生かした上品な味付けには、いつ食べても舌を巻きます。再訪を約束してお店を出ました。白川のほとりを歩きながら、ライトアップされた夜の紅葉を堪能。
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 三条駅までぶらぶらと歩き、京都地下鉄東西線-京阪京津線に乗って浜大津駅へ。コンビニエンス・ストアで寝酒とつまみを購入して少し歩くと、われらが定宿、琵琶湖ホテルに到着です。チェックインをして、琵琶湖を眼下に一望できる部屋で旅装を解きました。大浴場で汗を流し、部屋のベランダでビールを飲みながら夜の琵琶湖を眺めました。嗚呼、至福のひと時。
by sabasaba13 | 2019-05-02 08:15 | 近畿 | Comments(0)

時代が変わる/時代を変える

 今日から新しい天皇が即位し、元号が代わるわけですか。元号はもちろん、天皇制に対しても反対である私としては何の感慨もわきませんが、退位した天皇については少々思うところがあります。それを考えるきっかけを与えてくれたのが、赤坂真理氏が著した小説『箱の中の天皇』(河出書房新社)の中の一文です。なお氏は、小説『東京プリズン』(河出文庫)や評論『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書2246)などでも天皇や天皇制に対する鋭い分析や提言をされており、「天皇制を全面的に受け入れない者は非国民」的風潮がいつの間にか浸透した昨今、注目すべき方です。以下、主人公まりの独白を引用します。
 戦争の傷をめぐる世界の旅をすること。傷ついた、傷つけた人々の前で祈ること。弱い人と共に在ること、弱った人、傷ついた人の手を取ること、助け合おうということ。混乱にあって、我を失わずにいようと励ますこと。天皇はそれを言葉で言うことができなかった。憲法で制限された存在だからです。わが国において、憲法を、国家権力を抑制するためにあると本気で信じている人は、少ない。けれど、この天皇はそれを「体現」しようとしたのではないか。日本の軍隊が傷つけた人々の地を慰問もした。言いたいことを、言えない状態で、その孤独な戦いを思います。そのことに、今、感動を覚えます。
 そして、天皇が日本の象徴であり、国民の象徴であるなら、行動を問われているのは国民なのです。
 わたしは天皇のように行動できるか、わたしが天皇だとしたら、どう行動するのか。一人ひとりが、考えてみることができたら、事態はずいぶん変わるのではないでしょうか?
 国民の質が決まって、天皇の質が決まります。なぜなら『天皇は国の象徴』だからです。象徴は、象徴するものが必要です。象徴する統合された国民のかたちが必要です。天皇は鏡です。国民を映す、鏡です。神社の本殿に行くと中は鏡ひとつです。あなたが神だ、と言われるのです。(p.135)
 そう、まったくぶれない彼の言動は、「弱い者、傷ついた者」の側に立つという強い意志に貫かれているように思えます。被災地に行き、膝を折り、被災者を慰め励ますその姿勢からは、「私はあなたの側に立つ」という思いがひしひしと伝わってきました。評論家の故加藤周一氏は、民主主義を「強きを挫き、弱きを援く」と定義しましたが、先の天皇は民主主義の精神を体現したような方でした。敬意を表します。
 さて、言うまでもなく日本国憲法第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあります。それでは天皇に象徴されている日本国は、日本国民は、弱い者/傷ついた者の側に立とうとした国家や人びとであったでしょうか。強きを挫き、弱きを援けてきたでしょうか。残念ながら、歴史をふりかえるととてもそうとは言えません。例示すればきりがありませんが、沖縄を切り捨て、公害を放置し、女性をはじめとする様々な差別を黙認し、日本による植民地化やアジア・太平洋戦争による犠牲者を放置してきた日本政府と、それを支持するか、または無関心な国民であったというのが実状でした。最近でも、福祉や教育を切り捨て、格差を容認し、辺野古新基地建設を強行し、原発事故被災者を見て見ぬふりをし、国民よりも己の利権を優先する日本政府と、それを支持するか、または無関心な国民の在り方は変わりません。やれやれ。
 ここからは私の想像ですが、先の天皇は、こうした強い者の側に立ち弱い者を虐げた/虐げる国や国民に苛立っていたのではないでしょうか。日本国と日本国民には、弱く傷ついた人びとの側に立って欲しいと、強く祈念していたのではないでしょうか。しかしそうした発言は憲法で禁じられている。そこで彼は、象徴する立場にある自分が弱者と共に在ることを見せ、象徴される側の日本国政府や日本国民に気づいてほしかったのではないか。なぜ弱者の側に立たないのか、と。
 しかし結局、政府も国民も態度を改めませんでした。肉体の衰えと徒労感から生前退位を決意し、次の天皇に願いを託したのではないか。彼の柔和な目から、「とうとう気づいてくれませんでしたね、翻意してくれませんでしたね」という諦観を感じ取ってしまうのは穿ちすぎかな。

 さて巷では、メディアを中心に「元号が変わった」「新天皇が即位した」「新しい時代が来た」と浮かれまくっておりますが、お門違いだと思います。日本国政府が、日本の社会が、そして何より私たちが変わった時こそが、新しい時代でしょう。そしてそれを決めるのは元号ではなく、私たちであるべきでしょう。弱者の側に立つ真っ当な政府と国民、それが実現しない限り、新しい時代は訪れません。もしかするとこの国は、明治維新以来、時代が変わっていないのかもしれませんね。

 そして先の天皇へ一言。ほんとうに、ほんとうに、お疲れ様でした。あなたの意志を継げるよう、微力ながらも専心していきたく思います。参政権の欠如や財産権・表現の自由の制限など、十全な基本的人権がないことをまことに申し訳なく思いますが、せめて奥様と心安らかな暮らしを静かに過ごせることを衷心より願っております。
by sabasaba13 | 2019-05-01 07:35 | 鶏肋 | Comments(0)