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弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽

c0051620_21593230.jpg まだ聴いたことがないクラシックの名曲が多々あります。ホルストの「惑星」は先日聴くことができましたが、他にはバルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」「管弦楽のための協奏曲」、ラベルの「ボレロ」、ムソルグスキーの「展覧会の絵」、ドビュッシーの「ダフニスとクロエ」、シェーンベルクの「グレの歌」、アルバン・ベルクの「ヴォツェック」などなど五指に余ります。
 中でもバルトーク・ベラの曲には心惹かれます。その真摯さとストイックさ、血沸き肉躍る土俗的なリズム、民謡の研究から生まれた情感にあふれるメロディ、気楽に聴ける音楽ではありませんが、時に居住まいを正して無性に聴きたくなります。鈴木雅明氏の指揮による紀尾井ホール室内管弦楽団の第117回定期演奏会で、その「弦チェレ」が聴けるということで、心弾ませながら四谷の紀尾井ホールに行ってきました。バッハ・コレギウム・ジャパンの主宰者にして、J・S・バッハ演奏の第一人者、鈴木雅明氏が、この現代曲にどう演奏するのか、ほんとうに楽しみです。なお山ノ神は野暮用のため同伴できませんでした。
 利休鼠の雨が降る某土曜日、会場に着くと意外なことにほぼ満席。まずは紀尾井ホールをレジデント(本拠地)として演奏活動を行う二管編成の室内オーケストラ、紀尾井ホール室内管弦楽団舞台に登場しました。ソリスト・室内楽奏者として第一線で活躍している器楽奏者、主要オーケストラの首席奏者などで構成されているオケだそうです。そして鈴木氏が白髪をなびかせて颯爽と登場。一曲目はモーツァルトの交響曲第29番、嬉しいなあ私の大好きな曲です。溌剌、清新、歓喜、どう表現すればいいのでしょう、音楽をつくる喜びが詰まった名曲です。なおA・アインシュタインは「小ト短調交響曲(第25番)とイ長調交響曲(第29番)はひとつの奇跡である」と評したそうですが、宜なるかな。演奏も弾けるような小気味のいい、ダイナミクスの変化に富んだ素晴らしい演奏でした。
 そしてオケはいったん退場し、係の方が「弦チェレ」のためのセッティングを始めました。几帳面なバルトークは、楽器の配置まで細かく指示しているそうです。弦楽器群は二つに分けられて識者の左右に配置、中央にはピアノ・チェレスタ・ハープ、そして後方に打楽器群が配置されます。そのテキパキとした機敏な動きを見ているだけで、期待が高まってきました。そしてオケと指揮者が登場、静かに上がるタクト、楽器を構えるオケ、期待と緊張感はピークに達します。
 第1楽章 Andante tranquilloは変拍子の変則的なフーガ。まるで宇宙の誕生のように、ヴィオラの無調性の主題から静かに始まります。そしてマグマが徐々に沸騰するように、主題が重なり、音域が広がり、音量が大きくなり、ティンパニの打撃とともにクライマックスに達して、また静かに冷えていく。冷→熱→冷の変化の妙に、手に汗を握ってしまいました。
 第2楽章 Allegroは一転、躍動的でダンサブルな曲です。指揮者の左右に配置された二つの弦楽器群の掛け合いが何ともスリリング。ピアノや弦楽器によるバルトーク・ピチカートの打撃音に、アドレナリンがびしびしと分泌しました。
 第3楽章 Adagioはまた一転、新月の闇夜のように、身が凍てるような冷たく静かな音楽です。バルトークお得意の、いわゆる「夜の音楽」ですね。闇を引き裂く稲妻のようなシロフォンの打撃音がとても印象的です。
 第4楽章 Allegro moltoはまたまた一転、狂熱の坩堝と化します。挑み合うようにフレーズを交換する二つの弦楽器群、複雑な変拍子にエッジの効いたリズム、咆哮する打楽器、前に前に疾駆するようなドライブ感、めまぐるしく変わるテンポ。「ああずっとこの音楽が続いて欲しい」という願いを断ち切るように、突然音楽が崩れ落ちて曲は終わります。響きが終り静寂が会場に訪れるまで拍手が起こらないほど、聴衆を音楽に集中させた素晴らしい演奏でした。
 それにしても、この氷山のような、マグマのような、夜の静寂のような、狂熱の祭のような難曲を、ノーミスかつ完璧なアンサンブルで、しかもさまざまな気持ちを込めて表現した鈴木氏の指揮と紀尾井ホール室内管弦楽団の演奏に頭を垂れましょう。ブラービ。これまでに私が聴いたコンサートの中で五指に入る名演でした。
 ここで休憩、心身に籠った熱を冷まそうと外へ出て紫煙をくゆらしました。山ノ神がいれば熱っぽくいろいろと語れるのに。やはり一人だと寂しいですね。
 後半はバロック作品を換骨奪胎したストラヴィンスキーのバレエ音楽「プルチネルラ」、声楽パートのある全曲版です。なかなか上手い構成ですね。古典(モーツァルト)、現代(バルトーク)、古典+現代(ストラヴィンスキー)。“厳しさ”を“優しさ”でサンドイッチした構成とも言えます。バルトークの曲で緊張した心身をもみほぐしてくれるような、軽やかで華やかな演奏でした。木管楽器の合奏を演奏者たちに任せて、歌手たちともに椅子に座って演奏を楽しむ鈴木氏。金色の大きな蝶ネクタイをつけて、トロンボーンと二重奏をするコントラバス奏者。その遊び心にも緩頬しました。

 というわけで予想をはるかに超えて楽しめた演奏会でした。鈴木雅明氏と紀尾井ホール室内管弦楽団、また聴いてみたいものです。これからも贔屓にさせていただきます。今度はチャイコフスキーとドヴォルザークの「弦楽セレナーデ」をリクエストします。
by sabasaba13 | 2019-06-30 08:31 | 音楽 | Comments(0)

壁と卵 2

 インターネットでJNNニュースを読んでいたら、下記の記事がありハッと息を呑みました。(2019.6.22 13:06配信)
香港のデモ隊、警察本部を16時間包囲

 香港で政府が逃亡犯条例の撤回を明言しないことなどに抗議し、警察本部を包囲していたデモ隊は、22日未明までにいったん解散しました。しかし、混乱収束の見通しは立っていません。
香港の警察本部庁舎の壁やガラスにはデモ隊が投げた卵の跡が無数に残っていて、あたり一帯では卵の腐った臭いが漂っています。
 22日朝、警察本部ではデモ隊が設置したバリケードの撤去や庁舎に書かれた落書きをビニール袋で隠す作業が行われました。
 香港で21日、学生団体など数千人が参加するデモがあり、デモ隊は立法会前の道路を封鎖したあと、警察本部庁舎を22日未明まで16時間にわたり包囲しました。デモ隊は、今月12日の大規模デモの際、暴動の疑いで逮捕された若者たちの釈放などを訴えました。
 香港では来月1日にも大規模デモが計画されていて、混乱が収束する見通しは立っていません。
 “デモ隊が投げた卵の跡”… これは2009年2月に村上春樹氏がエルサレム賞を受賞した時のスピーチで使われたメタファー、「壁と卵」に関連するのではないか。『雑文集』(新潮社)から、その一部を引用します。
 ひとつだけメッセージを言わせて下さい。個人的なメッセージです。これは私が小説を書くときに、常に頭の中に留めていることです。紙に書いて壁に貼ってあるわけではありません。しかし頭の壁にそれは刻み込まれています。こういうことです。
 もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。
 そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます。正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。あるいは時間や歴史が決定することです。もし小説家がいかなる理由があれ、壁の側に立って作品を書いたとしたら、いったいその作家にどれほどの値打ちがあるでしょう?
 さて、このメタファーはいったい何を意味するか? ある場合には単純明快です。爆撃機や戦車やロケット弾や白燐弾や機関銃は、硬く大きな壁です。それらに潰され、焼かれ、貫かれる非武装市民は卵です。それがこのメタファーのひとつの意味です。
 しかしそれだけではありません。そこにはより深い意味もあります。こう考えてみて下さい。我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにひとつの卵なのだと。かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。私もそうだし、あなた方もそうです。そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。その壁は名前を持っています。それは「システム」と呼ばれています。そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々に人を殺させるのです。冷たく、効率よく、そしてシステマティックに。
 私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。私はそう信じています。生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人を怯えさせ、人を笑わせることによって、個々の魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事です。そのために我々は日々真剣に虚構を作り続けているのです。(中略)
 私がここで皆さんに伝えたいことはひとつです。国籍や人権や宗教を超えて、我々はみんな一人一人の人間です。システムという強固な壁を前にした、ひとつひとつの卵です。我々にはとても勝ち目はないように見えます。壁はあまりに高く硬く、そして冷ややかです。もし我々に勝ち目のようなものがあるとしたら、それは我々が自らの、そしてお互いの魂のかけがえのなさを信じ、その温かみを寄せ合わせることから生まれてくるものでしかありません。
 考えてみてください。我々の一人一人には手に取ることのできる、生きた魂があります。システムにはそれがありません。システムに我々を利用させてはなりません。システムを独り立ちさせてはなりません。システムが我々を作ったのではありません。我々がシステムを作ったのです。
私が皆さんに申し上げたいのはそれだけです。(p.77~80)
 その後、『香港 中国と向き合う自由都市』(倉田徹/Cheung Yuk Man 岩波新書1578)という本を読んで、2014年に民主化を求めて香港で起きた雨傘運動において、この「壁と卵」というメタファーがたびたび引用されたことを知りました。また雨傘運動の最中にベルリンで行なわれた「Welt prize」受賞式スピーチでは、香港の若者にエールを送り励ましたそうです。こういうスピーチです。
 1989年にベルリンの壁が崩壊した時、ほっとしたのを覚えています。「冷戦は終わった」とつぶやきました。「世界はもっと平和で前向きになる」。世界中の多くの人が同じように感じたと思います。
 でも悲しいことに、安堵の感覚は長く続きませんでした。中東では紛争が絶えず、バルカン半島で戦争が起き、テロ事件が次々と発生。そして2001年にはニューヨークの世界貿易センターへの攻撃がありました。より幸せな世界への私たちの希望は、あえなく崩れました。
 小説家の私にとって、壁は常に重要なモチーフです。小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」では、高い壁に囲まれた架空の町を描きました。いったん入ると、二度と出られないような町です。小説「ねじまき鳥クロニクル」の主人公は、井戸の底に座り、厚い石の壁をすり抜けて別の世界に行きます。
 2009年に(イスラエルの文学賞)エルサレム賞を受けた時、私はエルサレムで「壁と卵」と題したスピーチをし、壁と、それにぶつかって壊れる卵について話しました。石の壁を前に、なんと私たちは無力だろうか。私がスピーチをしていたまさにその間も、(パレスチナ自治区)ガザでは激しい戦いが続いていました。私にとって壁は人々を分かつもの、一つの価値観と別の価値観を隔てるものの象徴です。壁は私たちを守ることもある。しかし私たちを守るためには他者を排除しなければならない。それが壁の論理です。
 壁はやがてほかの論理を受け入れない固定化したシステムとなります。時には暴力を伴って。ベルリンの壁は間違いなく、その典型でした。
 世界には多くの種類の壁があります。民族、宗教、不寛容、原理主義、強欲、そして不安といった壁です。私たちは壁というシステムなしには生きられないのでしょうか。小説家にとって壁は突き破らなければならない障害です。例えて言えば、小説を書くときに現実と非現実、意識と無意識を分ける壁を通り抜けるのです。反対側にある世界を見て自分たちの側に戻り、見たものを作品で詳細に描写する。それが、私たち小説家が日々やっている仕事なのです。
 フィクションを読んで深く感動し、興奮するとき、その人は作者と一緒に壁を突破したといえます。本を読み終えても、もちろん基本的には読み始めたときと同じ場所にいます。取り巻く現実は変わらないし、実際の問題は何も解決していません。それでも、はっきりとどこかに行って帰って来たように感じます。ほんの短い距離、10センチか20センチであれ、最初の場所とは違う所に来たという感覚になります。そういう感覚を経験することこそが、読書に最も重要で欠かせないことだと考えてきました。
 自分は自由で、望めば壁を通り抜けてどこへでも好きな所へ行けるという実感です。私はそれを何よりも大切にしたい。そういう感覚をもたらすことができる物語をできるだけたくさん書いて、この素晴らしい感覚をできるだけ多くの読者と分かち合いたいのです。
 ジョン・レノンがかつて歌ったように、私たち誰もが想像する力を持っています。暴力的でシニカルな現実を前に、それはか弱く、はかない希望に見えるかもしれません。でもくじけずに、より良い、より自由な世界についての物語を語り続ける静かで息の長い努力をすること。一人一人の想像する力は、そこから見いだされるのです。
 たとえ壁に囲まれていても、壁のない世界を語ることはできます。その世界は自分の目で見えるし、手で触れることだってできる。それが大事な何かの出発点になるかもしれません。2014年のここベルリンは、そんな力についてもう一度考えるのに最適な場所です。
 今まさに、壁と闘っている香港の若者たちにこのメッセージを送りたいと思います。
 おそらく、村上氏のエールを心に刻み、香港政府とその背後にいる中国政府という固く大きな壁に、かけがえのない魂とその温かさの象徴である卵を投げつけたのだと想像します。
 そしてこれは、日本に、世界に向けたメッセージではないでしょうか。「あなたはどちらの側に立ちますか? 壁、それとも卵?」 その答えは、7月21日の参議院選挙で出しましょう。「どうでもいいや/関心ないね/何も変わらないさ」と言って壁の一部になってしまう人の少なからんことを。
by sabasaba13 | 2019-06-28 06:20 | 鶏肋 | Comments(0)

姫路・大阪・京都編(14):善峯寺(15.12)

 迎えに来てくれたタクシーに乗り込み善峯寺へと向かいます。途中からの山道をぐんぐんとのぼり、十数分で善峯寺に着きました。平安中期の長元2(1029)年に源算上人により開かれた古刹で、西国三十三所観音信仰、遊龍の松、桜・あじさい・秋明菊・紅葉など季節の彩り、京都市内の眺望が特徴です。
 山腹に数多の諸堂が散在し、変化に富んだ景観を美しい紅葉が彩っていました。特に薬師堂からは、京都市内を一望できるすばらしい眺めです。
 「遊龍の松」は、樹齢600年以上、全長37m、臥龍が遊ぶように地を這うように伸びる巨大な五葉松です。
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 寺務所に「おちないお守り 奇跡の運転手 受験生の守り神」という新聞記事が掲示されていました。阪神・淡路大震災の際に崩壊した高速道路で、宙づりになりながらも奇跡的に救出された観光バスの運転手さんが、ここ善峯寺のお守りを持っていたそうです。それ以来、「落ちないお守り」として受験生の人気を呼んでいるとのことです。
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 本日の六枚です。
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by sabasaba13 | 2019-06-26 06:18 | 京都 | Comments(0)

惑星

c0051620_2243361.jpg G.ホルストの組曲「惑星」を生演奏で聴いてみたいものだと常々思っていました。すると「ドン・ジョヴァンニ」の公演でもらったチラシに、西本智実の指揮による「惑星」の演奏会があることを知り、すぐにチケットぴあで照会したところ、幸い席を取ることができました。やった。以前にブラームスの交響曲第1番を聞いてその腕の確かさは十分に分かっているので、これは楽しみです。
 水無月某日、山ノ神といっしょに池袋にある東京芸術劇場に参上。池袋と言えば、松尾貴史氏が絶対にうける結婚式のスピーチを紹介してくれました。「結婚生活に必要な袋が三つあります。一つ目は池袋、二つ目は沼袋、三つ目は…東池袋」 お後がよろしいようで。
 閑話休題。管弦楽はイルミナートフィルハーモニーオーケストラ、合唱はイルミナート合唱団です。イルミナートフィル? はじめてその名を聞きました。いま、インターネットで調べたところ、西本智実プロデュースのもと新たに誕生したオーケストラで、そのコンセプトは「エンターテインメント性に富んだオーケストラ」。国際交流事業への参加、チャリティコンサートなどの社会貢献、途上国への演奏家の派遣、寺、神社、能楽堂を舞台にした和と洋の融合など、多彩な活動を視野に入れているとのことです。お手並み拝見ですね。
 開演とともに、西本氏がひとり舞台に現われました。なんだなんだ… するとマイクを手にして、「惑星」では各曲の前にその曲をイメージしたナレーション(西本氏がつくった詩)を流し、またその曲に合わせた効果的な照明を使う、との解説をされました。なるほど、今にして思えば、これもエンターテインメントの試みなのですね。
 そしてオーケストラが舞台に登場したのですが…女性がとても多い。気になったので、いま同楽団の公式サイトで数えてみると、団員82人中49人が女性でした。テクニックは別として音量や迫力に欠けるのでは、と思いましたがまったくの杞憂でした。
 冒頭を飾るのはJ.オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲。おっいいですね。西本氏のきれっきれの歯切れのいい指揮、それに応えて見事に気持ちの入った充実した演奏。
 二曲目はE.エルガーの行進曲「威風堂々」第1番です。ああ嬉しい、私の大好きな曲です。名作『ブラス!』の最後の場面でも印象的に使われていました。強者に抗う弱者、猫を?む窮鼠、壁にぶつかる卵を勇気づけ鼓舞してくれるような曲です。序奏と再現部の躍動感と中間部の堂々とした誇り高さを、見事な演奏で表現してくれました。西本氏はダイナミクスを変化させるのがほんとうに上手いですね、曲の盛り上がりにアドレナリンがびしびしと分泌しました。
 そして休憩の後、いよいよお待ちかねの「惑星」です。全部で7つの楽章から成り、それぞれローマ神話に登場する神々にも相当する惑星の名と、副題が付けられています。ちなみに「火星、戦争をもたらす者」「金星、平和をもたらす者」「水星、翼のある使者」「木星、快楽をもたらす者」「土星、老いをもたらす者」「天王星、魔術師」「海王星、神秘主義者」となっています。オーケストラが登場すると、山ノ神がつんつんと脇をつつきます。何? 「ホルン6人が全部女性…」 うわお。 そして颯爽と西本氏が舞台に現われ、ナレーションが場内放送で流れます。全体的に印象に残るものはなかったのですが、曲のイメージをつかむうえで多少は役に立ったかな。そして「火星、戦争をもたらす者」が始まりました。「ダダダ・ダン・ダン・ダダ・ダン」という執拗に繰り返される禍々しいリズムに乗って、咆哮する管楽器の大迫力に我を忘れました。凄い… 三階席だったのですが、風圧で体が5cmほど持ち上がったような気がしました、いやほんと。紅蓮の照明が不気味に明滅し雰囲気を盛り上げます。戦争を現前させたような凄絶な演奏に感動、「戦争をもたらす者」安倍首相のテーマソングにしてはいかが。なお6人の女性ホルン奏者も大活躍、張りのある充実した音、完璧なアインザッツ、お見事でした。
 後の6楽章も素晴らしい演奏でした。時に荒々しく、時に情感深く、時に諧謔的に、さまざまな顔をもつこの名曲を、時が経つのを忘れて楽しむことができました。オケをその気にさせる指揮者、指揮者に全幅の信頼をおくオケ、両者の息がぴったりと合った演奏に大満足です。中でも心に残ったのは終曲の「海王星、神秘主義者」です。世界の、いや宇宙の終わりのような静謐な曲調のなか、気がつけば女声合唱の妙なるハミングがどこからともなく聴こえてきます。そしていつの間にか静寂とともに曲は終わります。
 アンコールは「ホフマンの舟歌」、歌心にあふれた素敵な演奏でした。

 西本智実氏の指揮ぶりはもちろん、イルミナートフィル、ほんとうに素晴らしいオーケストラでした。これからも贔屓にさせていただきます。よくぞこれだけ実力のある女性演奏家を集められたものです。女性がもつ無限の可能性をあらためて教えられました。これは憶測ですが、もしかするといわゆる有名オーケストラは、実力が拮抗していたら男性を優先して採用しているのではないかしらん。
by sabasaba13 | 2019-06-24 08:57 | 音楽 | Comments(0)

姫路・大阪・京都編(13):光明寺(15.12)

 そして阪急大山崎駅まで歩きますが、ちょっと小腹がへりました。地元資本の喫茶店でモーニング・サービスがいただけるとよいのですが、それらしいお店が見当たりません。仕方がない、駅舎内にあったパン屋「Pao」でパンと珈琲を食しました。阪急京都線に乗り込むと、車内に妙齢の制服美女集団が並んでいる吊り広告がありました。なんだなんだ。宝塚音楽学校の生徒募集でした。募集人員は、女子約40名。試験科目は、第一次が面接、第二次が面接・歌唱(課題曲・新曲視唱)・舞踊、第三次が面接・健康診断です。
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 長岡天神駅で下車すると、駅前に観光案内所があったので、さっそく係の方に紅葉の名所を訊ねました。答えは光明寺、善峰寺、金蔵寺。ここ二~三日の冷え込みが厳しく見る見るうちに色づいたとのことです。駅前で客待ちをしていたタクシーに乗り込んで、三時間の貸し切りで西山を廻ってもらうことにしました。まずは光明寺へ、西山(せいざん)浄土宗の総本山で、1198(建久9)年、熊谷入道蓮生(次郎直実)がここに一宇を建て、師の法然を請じて開山としたのに始まります。紅葉の名所で、この時期だけ「紅葉入山有料期間」となっています。なお駐車場がないので、タクシーには30分後に迎えに来てもらうことにしました。総門をくぐると、幅広く緩やかな石段の表参道です。女性でもお年寄りでも楽に登れるように配慮されているので、通称「女人坂」として知られているとのこと。石段をのぼると、きれいな紅葉が散見されました。御影堂、釈迦堂を廻って、もう一つの参道を下りますが、ここが本寺の白眉、通称「紅葉参道」です。途中にある薬医門をはさんで、緩やかにくだる幅の狭い参道の両側はモミジ・モミジ・モミジのトンネル。しかも燃えるような深紅に染まっていました。ブンダバー。

 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2019-06-22 08:18 | 京都 | Comments(0)

言葉の花綵191

 人は19歳から24歳の間に、知的クーデターを起こす。(ポール・ヴァレリー)

 四十を越えた純情などというのは、ぼくにはほとんど精神的奇形としか思えないのである。(中野好夫)

 雑誌とは、ただただ人の集まりだ。(アーノルド・ギングリッチ)

 三千世界の鴉を殺し 主と添寝がしてみたい (桂小五郎)
 三千世界の鴉とともに 主と添寝がしてみたい (独園和尚)

 恋愛は人世の秘鑰なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽き去りたらむには人生何の色味かあらむ。(北村透谷)

 男って、正直ね。何もかも、まる見えなのに、それでも、何かと女をだました気で居るらしいのね。犬は、爪を隠せないのね。(『火の鳥』 太宰治)

 人世七十 力囲希咄 吾が這宝剣 祖仏共に殺す (千利休)

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。(山本五十六)

 必要なものは必要なときに現れる。(ハリー・ポッター)

 われわれは貧しい国である。そしてわれわれはそのように生きることを学ばなければならない。(ジョン・メイナード・ケインズ)

 愛は時を忘れさせ、時は愛を忘れさせる。(プロヴァンスの諺)

 スイスは美しい国である。しかし不幸にしてスイス人が住んでいる。(unknown)

 我邦人は利害に明にして理義に暗し、事に従ふことを好みて考ふることを好まず、夫れ唯考ふることを好まず、故に天下の最明白なる道理にして、之を放過して會て怪まず、永年封建制度を甘受し士人の跋扈に任じて、所謂切棄御免の暴に遭ふも會て抗争することを為さざりし所以の者、正に其考ふること無きに坐するのみ、夫れ唯考ふることを好まず、故に凡そ其為す所浅薄にして、十二分の処所に透徹すること能はず、今後に要する所は、豪傑的偉人よりも哲学的偉人を得るに在り。(『一年有半』 中江兆民)

 こうした文化発展の最後に現われる「末人たち」(letzte Menschen)にとっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」と。(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 マックス・ヴェーバー)

 資本主義社会だろうと、社会主義社会だろうと、靴屋の釘の打ち方に相違のあるわけがない。(パブロ・ピカソ)
by sabasaba13 | 2019-06-20 06:23 | 言葉の花綵 | Comments(0)

It's just the beginning.

 香港で大きな、それはそれは大きなうねりが起きています。東京新聞(2019.6.17)から転記します。
 香港の民主派団体は十六日、香港の中心部で犯罪容疑者の中国本土への移送を可能にする「逃亡犯条例」改正案の撤回などを求める大規模デモを行った。香港政府が前日に改正案の審議延期を発表したが、デモ隊は「あくまで撤回を求める」と主張。主催者は同日夜、約二百万人が参加したと発表し、九日のデモを超える過去最大の規模となった。
 デモ隊は香港島のビクトリア公園に集結。幹線道路は人で埋め尽くされ、出発点近くの地下鉄銅鑼(どら)湾駅は入場が制限された。
 参加者は社会の混乱を招いたとして、政府トップの林鄭月娥(りんていげつが)行政長官の辞任も要求。「悪法撤回を」「林鄭は辞めろ」などのスローガンを叫びながら、中心部の幹線道路を練り歩いた。
 参加した男性会社員(31)は「われわれの意思を見せることで香港がまだ民主的で、『一国二制度』が生きていることを示したい」と話した。
 大学を卒業したばかりの女性(24)は、多数の負傷者が出た十二日のデモを、政府が「暴動」と決めつけたことに、「若者は自由のためにデモをやっただけ。暴力を振るったのは警察だ」と強く非難した。
 映画『乱世備忘』の公式サイトに、下記の一文がありました。
 しかし成果を得ないまま占拠を続ける運動に対して徐々に市民からの反発も強まり、79日間に及ぶ「雨傘運動」は終了した。金鐘(アドミラルティ)に残ったバリケードには、「It's just the beginning/まだこれからだ」というメッセージが残されていた。
 It's just the beginning… このことだったのですね。香港の方々は屈服していなかった。心から敬意を表するとともに、卵が壁に一矢報いることを心から祈念します。

 で、私たちはいつ始めるのでしょう。安倍氏も、麻生氏も、菅氏も、居心地の良い椅子にいまだにふんぞりかえっておられますが。
by sabasaba13 | 2019-06-18 06:24 | 鶏肋 | Comments(0)

姫路・大阪・京都編(12):大山崎山荘美術館(15.12)

 琅かん洞という庭園入口のトンネルをくぐると、そこは別世界。池のある広大な庭園には、見事に色づいたたくさんのモミジがあり、紅葉の盛りでした。しかも観光客はまばらで、しっとりとした静謐な雰囲気の中で錦秋を愉しむことができました。おまけに入園は無料、お薦めの穴場です。
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 散策路を二人でそぞろ歩きながら紅葉を愛でていると、時はあっという間に過ぎていきます。美術館を拝見してそろそろ次の訪問先に移動しましょう。入館料を支払って美術館に入り、企画展「かたちのであい ルーシー・リー、ハンス・コパーと英国陶磁」で、薫り高い陶磁器の数々を鑑賞しました。
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 北側の庭の向こうに白いモダンな塔屋がありますが、大山崎山荘で最初に建てられた物見塔、「栖霞楼(せいかろう)」です。当主の加賀正太郎は、ここの最上階から工事を見守り、指示を出したそうです。1階の円形、アーチ形などの出入口、2階南面の縦長窓、3階展望室の大きく開いた横長窓など、多彩な開口部をもつ遊び心あふれる建物だそうですが、残念ながら内部は非公開です。
 「橡の木茶屋」は鉄筋コンクリート造石張の土台の上に張り出して建てられた丸太組のユニークな茶室です。内部を見てみたいのですが、こちらも非公開でした。
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 本日の七枚です。
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by sabasaba13 | 2019-06-16 08:57 | 京都 | Comments(0)

姫路・大阪・京都編(11):大山崎山荘美術館(15.12)

 それでは大山崎山荘美術館へと参りましょう。踏切を渡ると天王山登り口、そう、山崎の戦い(1582)で豊臣秀吉が占有して明智光秀を破った山ですね。ここには「山崎宗鑑冷泉庵跡」という碑もあります。
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 後学のために解説を転記しておきます。
 宗鑑は本名を範重といい、寛正六年(1465)滋賀県栗太郡常盤村志那で生まれた。彼の家は支那地区を支配した支那氏で足利将軍義尚に一族で仕えていた。しかし将軍義尚が佐々木高頼との合戦に破れたため世の無常を感じて剃髪し、入道となり生地を離れて大山崎に隠棲したのである。ここに山崎宗鑑が誕生する。
 彼は八幡宮社頭で月例会として開かれていた連歌会の指導や、冷泉庵での講を主催する一方、世に知られた『犬筑波集』を生み出した。また書も宗鑑流として多くの人々から珍重された。碑文の"うつききてねぶとに鳴や郭公"は掛詞を巧みに使い、その手法は後の俳諧の基礎となった。
 「上の客立ち帰り、中の客其の日帰り、下々の客泊りがけ」と書いた額を庵に掛けていたという風狂の俳人でもあります。

 右に曲がって緩やかな坂道を歩いていくと、カエデがきれいに色づいていました。これは期待できそう、楽しみです。
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 そして数分歩くとアサヒビール大山崎山荘美術館に着きました。公式サイトから、その由緒について引用します。
 アサヒビール大山崎山荘美術館は、京都府大山崎町、天王山の南麓にあります。約5500坪の庭園のなか、英国風山荘である本館と安藤忠雄設計の「地中の宝石箱」、「夢の箱」、その他の建物から構成されています。
 美術館本館である「大山崎山荘」は、もとは関西の実業家・加賀正太郎(1888-1954)の別荘として、大正から昭和にかけ建設されました。
 加賀正太郎は、証券業をはじめ多方面で活躍した実業家である一方、大山崎山荘で蘭の栽培を手がけ、植物図譜《蘭花譜》を刊行するなど、趣味人としても大きな業績を遺しました。加賀は、ニッカウヰスキーの創業にも参画し、晩年には同社の株を深い親交があった朝日麦酒株式会社(現アサヒビール株式会社)初代社長・山本爲三郎に託しました。この縁が、現在の美術館へと受け継がれていきます。
 ビールとウイスキーという新たな文化をわが国にもたらした二人が紡いだ時代の糸は、やがて桂川、宇治川、木津川、三つの川が合流するこの大山崎の地でひとつになります。
 1954年に加賀正太郎が亡くなり、ついで加賀夫人がこの世を去ると、1967年に大山崎山荘は加賀家の手を離れることになりました。
 幾度かの転売ののち、建物の老朽化が進んだこともあり、1989年には山荘をとり壊し、大規模マンションを建設する計画が浮上しました。しかし、地元有志の方を中心に保存運動が展開され、京都府や大山崎町から要請を受けたアサヒビール株式会社が、行政と連携をとりながら、山荘を復元し美術館として公開することになります。
 アサヒビール大山崎山荘美術館は、歴史ゆたかな土地に建つ貴重な近代建築と、同時代の先端を行った芸術運動の遺産、そして国際的に活躍する建築家・安藤忠雄が手がけた現代建築の三つを擁して、1996年に開館しました。2004年には、「大山崎山荘」の6つの建物、霽景楼(せいけいろう)[現本館]、彩月庵(さいげつあん)[茶室]、橡ノ木(とちのき)茶屋、栖霞楼(せいかろう)[物見塔]、旧車庫[現レストハウス]、琅かん洞(ろうかんどう)[庭園入口トンネル]が国の有形文化財として登録されました。開館9年を迎えた2005年には来館者が100万人を越え、特色あるコレクションと建築、豊かな自然をともに楽しむことのできる美術館として、多くの人に親しまれています。

by sabasaba13 | 2019-06-14 06:27 | 京都 | Comments(0)

姫路・大阪・京都編(10):山崎(15.12)

 朝目覚めてベランダに出ると、残念ながら曇り空でした。まあ雨が降っていないので諒としましょう。湖上では、太公望たちが小舟に乗って釣りをしています。何が釣れるのだろう? バビロニアに、"人間の寿命は神が決めるが、決算の際、各人が釣りに費やした時間は免除され、差し引かれない"という格言があるそうです。
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 昨晩予約しておいた和食の店「おうみ」で、朝食をいただきました。自分で選べる焼き魚を頬張りながら、本日の旅程について山ノ神と相談。姫路城の紅葉がわりと綺麗だったので、大阪へ行くのはやめて京都の錦秋を愉しむことにしました。芋の子を洗うような混雑は嫌なので、大山崎の山荘美術館で紅葉狩りをして、西山をタクシーでめぐることにしました。
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 旅装を整え荷物を持ってチェックアウト、無料シャトルバスでJR大津駅へと行きましょう。そうそう、このホテルにはレンタルサイクルが用意されています、まだ利用したことはありませんが。
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 大津駅前には「かるたの聖地 大津」という立て看板がありました。『小倉百人一首』の第一首目の歌を詠んだ天智天皇を祀る近江神宮があるため、ここ大津でさまざまなかるた大会が開かれるのですね。大津駅から琵琶湖線に乗ると、森高千里をイメージ・キャラクターにした正露丸の広告がありました。
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 京都駅のコインロッカーに荷物を預け、JR京都線で山崎駅へ。マンサール屋根のキュートな駅舎はいまだ健在です。駅前にある妙喜庵には千利休が建てた国宝茶室・待庵がありますが、以前に拝見したので今回はカット。
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 「京都府観光ガイド」から紹介文を引用しておきます。
 羽柴秀吉が山崎城築城に際し、堺から呼び寄せた利休が、大山崎在住中に建てたといわれる小間の茶室、建物の端々に利休の非凡さが感じられる。
 建物は切妻造り、柿葺で、茶室では例のない地下窓をあけている。内部は二畳という極小の空間で、角に炉を切り、室床という独特の床の間をもつ、我が国数寄屋造りの原点といわれる。
 「待庵」は、愛知県犬山市の如庵・京都市大徳寺の密庵とともに国宝三茶室に数えられている。
 また十あまりの国における油の販売と、その原料の荏胡麻購入の独占権を持っていた大山崎の油神人の本所だった離宮八幡宮も近くにありますが、こちらも以前に訪れました。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2019-06-12 06:25 | 京都 | Comments(0)