流氷編(4):知床ウトロ夕陽台(20.2)

 バスの近くに停めてあった森林管理局の車に「STOP! えさやり」という熊のステッカーが貼ってありました。
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 そう、気軽に熊にエサをあげると、熊にとっても人間にとってどんな悲劇を生むか、2013年の知床旅行ではじめて知りました。その時の旅行記から引用します。

 ヒグマに出会わないことが最善の対処法!! ヒグマは大型の野生動物です。人を見てすぐ襲ってくるような凶暴な動物ではありませんが、つき合い方をまちがえると人身事故につながりかねません。私たちが、注意深く行動することによって、ヒグマとのトラブルのほとんどが回避できます。ヒグマとの事故を防ぐには、ヒグマに出会わないことが最も重要です。そのためには、音を出して自分の存在をヒグマに知らせること。たとえば「パンパン」と手を叩く、「オーッ」と声を上げる、鈴を鳴らす。
 そしてヒグマにエサを与えたり、ゴミを「北こぶし知床」捨てないことも大事です。ヒグマは人を警戒しますが、エサをもらうことによって、あるいはゴミを食べることによって、人間は食べ物を連想させる対象となります。つまり近づいてくる… その結果起こったある悲劇について、知床財団の「ソーセージの悲しい最後」というポスターが貼ってありました。まるで『シートン動物記』の一節のような悲しい物語、紹介します。

 コードネーム97B-5、またの名はソーセージ。初めて出会ったのは1997年秋、彼女は母親からはなれ独立したばかりだった。翌年の夏、彼女はたくさんの車が行きかう国立公園入口近くに姿を現すようになった。その後すぐ、とんでもない知らせが飛び込んできた。観光客が彼女にソーセージを投げ与えたというのだ。それからの彼女は同じクマとは思えないほどすっかり変わってしまった。人や車は警戒する対象から、食べ物を連想させる対象に変わり、彼女はしつこく道路沿いに姿を見せるようになった。そのたびに見物の車列ができ、彼女はますます人に慣れていった。
 我々はこれがとても危険な兆候だと感じていた。かつて北米の国立公園では、餌付けられたクマが悲惨な人身事故を起こしてきた歴史があることを知っていたからだ。我々は彼女を筆致に追い払い続け、厳しくお仕置きした。人に近づくなと学習させようとしたのだ。しかし、彼女はのんびりと出歩き続けた。
 翌春、ついに彼女は市街地にまで入りこむようになった。呑気に歩き回るばかりだが、人にばったり出会ったら何が起こるかわからない。そしてある朝、彼女は小学校のそばでシカの死体を食べはじめた。もはや決断の時だった。子供たちの通学が始まる前にすべてを終わらせなければならない。私は近づきながら弾丸を装填した。スコープの中の彼女は、一瞬、あっ、というような表情を見せた。そして、叩きつける激しい発射音。ライフル弾の恐ろしい力。彼女はもうほとんど動くことができなかった。瞳の輝きはみるみる失われていった。
 彼女は知床の森に生まれ、またその土に戻って行くはずだった。それは、たった1本のソーセージで狂いはじめた。何気ない気持ちの餌やりだったかもしれない。けれどもそれが多くの人を危険に陥れ、失われなくてもよかった命を奪うことになることを、よく考えてほしい。

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 はい、肝に銘じましょう。お互いのために、絶体に熊にエサをあげてはいけない。

# by sabasaba13 | 2025-12-15 07:02 | 北海道 | Comments(0)

流氷編(3):オシンコシンの滝(20.2)

 しばらく走ると広大な雪原が見えてきました。ん? あちこちにひび割れがあるぞ、ということは… 流氷だ! やった、やっと見られた。
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 海原を埋め尽くす神秘的な流氷を眺めながらしばらく走ると、バスガイドさんが「オジロワシが飛んでいます!」とアナウンス。あっほんとだ。初めて見ました、感激。
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 そして最初の目的地「オシンコシンの滝」に到着です。バスをおりて雪が積もったゆるやかな坂道を慎重に歩いていくと、氷で凍てついた岩の上を流れ落ちる滝が見えました。
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 解説板を転記します。

オシンコシンの滝
 オシンコシンとは、「そこにエゾマツの群生するところ」を意味するアイヌ語に由来します。流れが2本になっていることから、別名「双美の滝」とも言われています。この滝は平成2年に日本の滝100選に選定されました。

 それではバスへと戻りましょう。つるっ どすん いてて 派手に転んで尾てい骨を強打してしまいました。薄く積もった雪の下は氷だったのですね。前回の旅行で購入した、靴に取り付けられるアイス・スパイクを持ってくればよかったと後悔しましたが後の祭り。この後、この痛みに苦しめられることになりました。
 バスは今夜の宿、知床ウトロにある「北こぶし知床」へと向かいましたが、その前に夕陽台という展望台に寄り道。おおっ絶景だ、流氷とウトロの港と街並み、そして海に屹立する巨岩を一望することができました。
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# by sabasaba13 | 2025-12-14 07:00 | 北海道 | Comments(0)

流氷編(2):根室中標津空港(20.2)

 そして12:15発のANA377便は離陸、空路、根室中標津空港を目指します。北海道の上空に来るとどんよりとした曇天、そして白銀の世界。やがて眼下に摩周湖が見えてきました。
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 13:55ごろに根室中標津空港に着陸。
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 空港ロビーに出ると、大きな牛のオブジェがありました。
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 解説を転記します。

 日本の東端に位置する根室管内は、厳しい環境にありながらも恵先人たちの努力と叡智に加え、多くの消費者の皆様に、牛乳・乳製品を愛飲・愛食いただいている賜物であると努力と叡智に加え、多くの消費者の皆様に、牛乳・乳製品を愛飲・愛食いただいている賜物であると
 さて、この牛のオブジェは酪農の街づくりの一環として、私たち生産者組織が設置したものです。根室管内をはじめ全道の企業や団体がこの乳牛の型式を活用して様々な取組みを実施していただくことで、牛乳・乳製品の消費拡大や酪農振興だけでなく企業PR、街づくりのお役に立てたならたいへんうれしく思います。

 しばらく用便のための時間となったので喫煙如所を探して外へ出ると、ありました。さすがは北海道、防寒のためにしっかりとガラス張りのスペースでした。感謝。
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 そしてバスに乗り込みました。添乗員さんに加えてバスガイドさんも運転手さんも、みなさんマスクをつけておられます。新型コロナウィルス対策のため、会社の命令によるものだそうです。この時点では、「大げさだなあ」と思ったのですけれどね。
 さて、肝心の流氷ですが、添乗員さんやバスガイドさんの口からは流氷の「り」の字も出てきません。ほんとうにあるのかなあ、だんだん不安になってきました。
 バスは、雪道を疾走していきます。長いフェンスがありましたが、おそらく地吹雪対策でしょう。厳しい冬を実感します。
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# by sabasaba13 | 2025-12-13 06:59 | 北海道 | Comments(0)

流氷編(1):前口上(20.2)

 2020年2月に流氷を見にいった時の旅行記です。おしょすい話、実はこれで三度目の挑戦です。一度目は2018年2月にクラブ・ツーリズムの流氷見物旅行に申し込んだのですが、山ノ神がインフルエンザに罹患したためにキャンセル。二度目は2019年3月に行った時は流氷がありませんでした。さあ、二度あることは三度あるのか、三度目の正直なのか、乞うご期待あれ。
 そしてこの頃は、新型コロナ・ウイルスが爆発的に流行する直前でした。添乗員さん・運転手さん・バスガイドさんはしっかりとマスクをつけておられましたが、われらを含めてツァー参加者ほとんどはマスクをつけず、完全にノー・ガードの状況でした。まさかこの後に、あれほど感染症が蔓延するとは夢にも思わずに…
 それはともかく、今回もクラブ・ツーリズム主催の団体旅行「足元広々ゆったりシートバス利用 2泊とも客室や露天風呂から流氷を望む 北海道流氷づくし3日間」に申し込みました。網走港からの「おーろら号」と紋別港からの「ガリンコ号」と、流氷クルーズが二つ組まれているのに引かれました。ただ天気情報によると、北海道は三日とも雪、おまけに初日から二日目にかけて強い低気圧が直撃するとの予報です。やれやれ。ま、流氷さえ見られれば雪でも雨でも槍でもかまいません。
 持参した本は『で、オリンピックやめませんか?』(天野恵一・鵜飼哲編 AKISHOBO)と『歴史家が見る現代世界』(入江昭 講談社現代新書2257)です。

 出発は2020年2月16日の日曜日、この日の東京は雨模様、北海道も天気が悪そうだなあ。集合は羽田空港に11時25分、添乗員さんからチケット等を受け取りました。実は二回目の流氷旅行の時にはこの場で「流氷はありません」と告げられ、バールのようなもので後頭部を殴られたような衝撃を受けました。今回はその告知がなかったので一安心。でも根室中標津空港に着いてロビーに出た瞬間に「流氷はないよ~」と言われるかもしれないな。直接この目で見るまで楽観は禁物です。手荷物検査を受け、エアポート・ラウンジへ。以前は置いてあったベーグルがなく(経費節減?)、珈琲だけいただきました。
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 昼食はついていないので、近くの店でサンドウィッチを購入。ANA377便に搭乗すると、モニターでは歌舞伎役者が機内での諸注意をしていました。東京五輪を意識しての映像かな。やめればいいのに
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# by sabasaba13 | 2025-12-12 07:12 | 北海道 | Comments(0)

祈りの大地

 『東京新聞』(25.11.19)で下記の記事を読みました。

劇団民芸「祈りの大地」 作・演出 シライケイタ 関東大震災の朝鮮人虐殺テーマ 立場や意見超え 過去に向き合う

 劇団民芸は、関東大震災直後にあった朝鮮人虐殺に現代の日本人家族が向き合う姿を描く新作舞台「祈りの大地」を27日~12月7日、東京・池袋の東京芸術劇場シアターウエストで上演する。作・演出はシライケイタ(51)。「日本を含め世界で自分と違う考えを排斥し、分断する動きがある。お互いの意見を衝突させないところに解決の糸口がある、との思いで作っている」と力を込める。(竹島勇)
 関東大震災は1923年9月1日に発生。混乱の中、「朝鮮人が暴動を起こしている」などとするデマが拡大した。各地で官憲や民間の自警団などが朝鮮人らを殺害したが、その全容は不明だ。
 シライは民芸で2作品を演出した経験はあるが、書き下ろして演出するのは初めて。「祈りの大地」は舞台を東京の西郊に設定、震災直後と100年後の現代の場面を往還する創作劇だ。
 現代の場面は、夫婦に娘、息子の4人家族の物語。虐殺はなかったと声高に主張する勢力にひかれていく大学生の娘に、父親が「デタラメだ」と強く主張するが、娘は考えを曲げない。そんな折、妻の実家の建て替え工事で古い人骨が掘り出され、家族はリアルに過去に向き合う。一方、震災直後の場面では、この地域でデマを真に受けた住民により、朝鮮人親子が危険にさらされる。
 10年あまり、日本と韓国に関わる演劇を手がけてきたシライ。虐殺事件は「いつかは取り組まねば、と思っていた」が、どう描くか悩んだという。
過激な主張をする人物と、対立する人物を登場させず、あえて普段は仲の良い家族間で生じる戸惑いに焦点をあてた。「(虐殺の有無への見解による)父親と娘の対立だけでなく、(妻や弟の)違った視点も。力ずくの対論では解決にならない」と説明する。
 シライも娘と息子の親。「うちの娘が虐殺はなかったと主張するようになったら、俺はどういう言葉をかけられるのか、と考えながら書いた」という。「名もなき死者たちを弔う芝居でもある。話し合うことの大事さが舞台を通じて広がるといい」
 出演は、みやざこ夏穂、中地美佐子、石川桃、小守航平ら。問い合わせは、劇団民芸=電044・987・7711。

 これはぜひ観たい芝居です。日本の近代と現代を蝕む宿痾、植民地主義、さまざまな差別、そして人権侵害。ある意味でこれらを忠実かつ精力的に実行したがゆえに、戦前の日本は軍事大国、戦後の日本は経済大国になれたと考えています。その三つの負の要素が最悪の形で発現したのが関東大震災時における虐殺ではないでしょうか。
 この虐殺を理解しないと日本の近現代は分析できないと思い、いろいろと調べて考えてきました。その結果を「関東大震災と虐殺」という連載で上梓してありますので、よろしければご覧ください。
 またこの虐殺に関する歌「トーキング烏山神社の椎ノ木ブルース」や劇「九月、東京の路上で」についても拙ブログで紹介しています。
 そして気鋭の劇作家・演出家のシライケイタ氏が、この虐殺をテーマとした演劇をつくりあげた。これはぜひ観てみたい、山ノ神を誘って池袋にある芸術劇場シアターウエストに行きました。
 「劇団民藝」の公式サイトから引用します。

作・演出=シライケイタ

 1923年9月1日に首都圏を襲った関東大震災。死者・行方不明者10万人以上という未曾有の災禍の混乱のなか、様々な流言(デマ)によって多くの朝鮮人らが虐殺される事件が各地で起きました。その全貌は未だ明らかにされていません。戒厳令下で市民になにが起きていたのか。立場や意見を越えて過去を見つめ直すためには…。自身の劇団温泉ドラゴンで上演した日韓三部作など、日本と韓国にかかわる作品を手掛けてきたシライケイタ氏が日本の加害の歴史にふたたび向き合う創作劇です。

あらすじ
 2023年、東京の西の町。社会部記者の川上良平とバレエ教師の恵美子は、大学生の娘と十代の息子とともにこの町で暮らして来た。恵美子の実家を建て替えて地下にバレエのレッスン室を作ることになるが、深く掘削する工事の最中、地中から人骨が発見される。おもむろに語りだす恵美子の父源太郎。彼が祖母千代から聞いて育ったという話は100年前のこの地で、ある母娘に起きた町の暗い記憶だった。時を超えて現代の家族たちに語りかける。

 冒頭はインターネット番組の収録風景。日本人による朝鮮人虐殺はなかったと主張する歴史修正主義者の論者が滔々と自説を語ります。その根拠としているのが当時の新聞記事のみというのが興味深いですね。そのほとんどが誤情報なのに。
 そして場面は主人公川上一家の場面へ、リベラルな新聞記者の父・良平(みやざこ夏穂)、あまり政治に関心はないダンス講師の母・恵美子(中地美佐子)と高校生の息子・翔太(小守航平)、そしてインターネット等の影響で虐殺否定論にかたむく娘・紗季(石川桃)。説得する父、受けつけない娘、人それぞれと受け流す母と息子。今、われわれの周囲で猖獗を極める排外主義やヘイトは、こうした何気ない家族のやりとりのなかで再生産されているのかなと、思いました。
 そこへ、建て替え工事中の実家の地下から白骨が見つかったという報せ。何か言いたげな同居する祖父・増田源太郎(境賢一)。ここから芝居は一気にヒートアップしていきます。

 舞台は変わって約100年前、西東京の同じ場所。すでに朝鮮人に対する暴行や虐殺は始まっています。三・一独立運動の際に夫を日本の官憲に殺された崔昭英[チェ・ソヨン](中地美佐子)と娘の崔順伊[チェ・スニ](石川桃)は、日本に出稼ぎに行った息子を頼って来日し、朝鮮飴を売って暮らしていました。この二人を匿ったのが、三・一独立運動の際に夫を朝鮮人に殺された森千代(飯野遠)、実は増田源太郎の祖母なのですね。
 そして日露戦争で大活躍をした加茂鉄平(吉岡扶敏)をリーダーとする自警団(みやざこ夏穂・小守航平・塩田泰久)は、新聞や畑山巡査(境賢一)の流すデマを信じ、朝鮮人への敵意と憎悪をみなぎらせていきます。朝鮮飴売りが暴動の黒幕だというデマを信じた彼らは…

 以後、現在と百年前の物語が交互に展開されていきます。お気づきでしょう、同じ役者がそれぞれの場面で演じます。そう、一人二役。はじめはまったく気づかないほどの、違和感も遅滞もない場面転換でした。見事な演技力と早変わりに首を垂れましょう。

 約100年前に起きた朝鮮人虐殺、当時の人びとがなぜそのようなことをしたのか。そして現在、その虐殺を人びとはどう受け止めるのか。これが本作の大きなテーマだと思います。朝鮮人虐殺にきちんと向き合わなかった結果が、今にまで連綿と続く差別・排外主義・ヘイトにつながっているのではないでしょうか。
 まず前者。虐殺の当事者である自警団員の描写が鋭いものでした。新聞や警察の流すデマを信じて朝鮮人への憎悪を燃やす者、デマを信じることに躊躇する者、あるいは朝鮮人に暴力を振るうべきだと息巻く者、二の足を踏む者。そうした彼らを一つにまとめ上げのが、リーダー格である加茂鉄平(吉岡扶敏)です。どうしたら人を殺せるのかと訊かれた彼は、相手を人間とみなさないことだと一言。そして同調圧力が加わり、自警団は惨劇へとなだれ込んでいきます。このあたりの緊張感には手に汗握りました。
 そして後者。薄弱な根拠をもとに朝鮮人虐殺はなかったと主張する歴史修正主義者、それを鵜呑みにする人びと。結局、大規模な虐殺があったという公的な認定がいまだになされていないため、こうした誤情報がなくならないのでしょう。劇中では、建て替え工事中に見つかった白骨が大震災時に虐殺された朝鮮人である可能性が高いとわかっても、行政は埋葬・慰霊・追悼などに非協力的かつ無関心です。これは小池百合子都知事および日本政府に対する皮肉と批判でしょう。

 というわけで朝鮮人虐殺という重いテーマに真っ向から取り組んだ見事な劇でした。購入したパンフレットのなかで、演劇は他者の目を持とうと努力する行為であり、違う視点を持つ者が何を考え、どのように世界を見ているのか、それを想像する営みが戯曲を書くことと演じることであり、これこそが差別や暴力を克服する手だてになり得ると、シライケイタ氏は述べられています。なるほど、私たちが演劇に惹かれる理由もここにあります。

 そしてもう一つ、本作を観て感じたのは、被害者や犠牲者を数字で置き換えるのではなく、名前をもち生きていた人間として弔うことの大切さです。詳細については触れませんが、工事中に見つかった白骨がどういう名前のどんな人間だったのかについて、祖父・増田源太郎(境賢一)から語られるにつれて、現在の人びとに変容がもたらされます。それは差別や暴力や歴史の改竄を否定する動きへと連なるものであると信じます。
 プログラムの中でシライケイタ氏はこう語られています。

 関東大震災直後の虐殺は、そもそもその全貌が明らかにされておらず、被害者数も研究者の間で1000人単位の誤差があります。氏名が特定されて埋葬され弔われた被害者は全体のごく一部なのです。つまり被害者の多くはその名前も特定されずに記憶の彼方に葬り去られているのが現状です。そうした多くの犠牲者の亡骸の上に、同じ大地に100年後の私たちは生きています。記録には残されていない被害者たちに祈りを捧げ、弔いの気持ちでこの作品を書きました。

 タイトルの『祈りの大地』はこの思いからつけられたのですね。深く納得しました。

 さて、こうした差別や人権侵害や暴力・虐殺を二度と繰り返さないため、私たちがすべきことは何か。まず喫緊の課題は、日本政府による真相の究明と謝罪だと考えます。『朝日新聞』(23.9.10)の社説を引用します。

虐殺の記録 史実の抹消は許されぬ

 史実を消すことはあってはならない。歴史の教訓から学ぶには真相の究明が必要だ。
 関東大震災の際、流言を信じた市民や軍、警察によって朝鮮半島出身の人たちなどが虐殺された。この歴史的事実について、政府が「記録がない」といい続けている。
 松野博一官房長官は記者会見で「政府内には事実関係を確認することのできる記録が見当たらない」と述べた。国会では複数の大臣が同じ言葉を並べ、調査の必要性も否定した。国の責任をなし崩しでうやむやにする、危うい歴史修正主義ではないか。
 政府の中央防災会議の専門調査会が09年に公表した報告書には「殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かった」などと記されている。
 松野氏は「政府の見解ではない」というが、会議の会長は首相だ。内容を認めないなら根拠を示すべきだ。報告書は軍や警察の資料などに基づくと明記されており、立派な「記録」だ。「記録がない」という説明は理解に苦しむ。
 虐殺の事実を示す記録は、ほかにもある。
 関東戒厳司令部が軍の報告に基づき作った調査表には、複数の朝鮮人が警備のため射殺されるなどしたとある。東京都公文書館の所蔵だ。
 防衛省防衛研究所が保管する1923年9月3日の内務省警保局長の電文には「朝鮮人ハ各地ニ放火シ、不逞ノ目的ヲ遂行」とあり、同省が流言を事実とみなして取り締まりを指示したことがわかる。
 横浜の市民団体は先日、神奈川県が内務省に虐殺の状況を報告したとみられる文書が見つかったと発表した。田中正敬・専修大教授(朝鮮近代史)は「埋もれている資料はたくさんある。体系化する必要がある」と話す。
 問題はこれほどの大事件について、政府が真相の究明を怠ってきたことにある。
 100年前の帝国議会で、内務省の電文を元に「政府自ら出した流言飛語に責任を感じないか」とただされ、山本権兵衛首相は「目下取り調べ進行中」と答えた。調査に消極的な政府の姿勢はそれ以来一貫しているともいえる。
 どこでどれだけの人が亡くなり、どうして軍や警察、民衆が加害者となったのか。政府は今からでも各省庁に資料の精査を指示して実態に迫り、被害者に謝罪すべきだ。
 近年、まことしやかに流れる「正当防衛だった」といった根拠のない論を封じるには、真相究明への姿勢を政府が示すことが必要だ。差別や偏見に基づく人権侵害をくり返さないために、私たちは知らなければならない。

 もし自民党政権が真相究明も謝罪もしないのであれば、それはこの過ちを反省しておらず、また起きても仕方ないと考えているためでしょう。そのような政権には一刻も早く退場させ、少しでも、ほんの少しでもマシな政党に政権を委ね、対応を凝視しましょう。

 なお韓国でも真相究明を求める動きが始まっています。『東京新聞』(25.12.3)から引用します。

韓国、朝鮮人虐殺究明の法案可決 関東大震災で
【ソウル共同】 韓国国会は2日、関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺の真相究明などを図るとする特別法案を賛成多数で可決した。革新系与党「共に民主党」の議員が法案を提出していた。
 首相直属の委員会を設置し、真相究明のほか、被害者や遺族の名誉回復に向けた調査に当たることなどが柱。
 李在明政権は日本と未来志向の協力を進める一方、歴史問題を重視する立場も強調している。韓国メディアによると、李在明大統領は8月に訪日した際、在日韓国人らとの懇談の場で、関東大震災後の事件を「決して忘れない」と述べていた。

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# by sabasaba13 | 2025-12-11 09:07 | 演劇・落語 | Comments(0)