伊予・讃岐編(2):宇和島(04.2)

 観光協会に自転車を返却し、港まで歩いていきました。途中でのぼり屋さんを見かけました。おそらく漁船が使うのでしょうね、漁業が元気なのは嬉しいかぎりです。「コンビニの名門 その名ぞ我らがサンヨードー」という看板も発見。ここまで胸を張られると、ハハーッと平伏してしまいます。
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 さてさてお目当ては、10世紀中葉、朝廷を震撼させた承平・天慶の乱の立役者、藤原純友の根拠地といわれる日振島です。前もって船の時刻表を調べたのですが、便数が少なく上陸は困難。やむをえず往復するだけのクルーズです。私はデッキで潮風をあびながらのクルージングが大好きなのですが、高速船だからなのか船室からは出られません。乗客はすべて地元の方々と釣り客。右手に細長い佐多岬半島を眺めながら、約1時間ほどで日振島に到着。小振りながら街並みがあるのには驚きました。純友の末裔なのかな。純友ゆかりの井戸や物見台もあるそうで、いつか再来を期しましょう。上陸せずにそのまま折り返し。
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 午後五時ごろ港に着いたのですが、一つひっかかっていることあり。実は先程の観光案内所で見た絵葉書に、見事な段々畑がのっていたのですよ、これが。棚状になった田畠には眼がない小生としては勿論行きたいが、日没は近く曇ってきました。タクシーで約40分。煙草を一服して沈思黙考。行かいでか。タクシーをつかまえて、ぶっとばしてもらいました。宇和島湾の南側にある遊子(ゆす)というところにあるのですが、かろうじて間に合いました。残照の中、漁港を見下ろすようにそそり立つ見事な段々畑! ここを見ずして段々畑を語るなかれ。(ま、『お嬢さん、僕と段々畑の話をしませんか』などと口説く人は少ないと思いますが) 集落のすぐ背後のかなりの急斜面に石を組んでつくった短冊のような畑がおそらく数百枚はあるでしょう。しかも現役で、ほぼすべての畠で野菜を栽培しています。しばらくタクシーに待ってもらって、うろうろと登ったり降りたりしました。"生きる"という人間の荘厳な/苦悩に満ちた営みに包まれながら… 天辺まで登ると、眼下に段々畑と灯りのつきはじめた集落・漁港、そして宇和島湾と夕霞にけむる対岸の山並み。時間よ止まれ。これで夕焼けなんてえことになったら、てえへんな絶景なのですが、残念ながらうす曇。タクシーでホテルに戻り、運転手さんに紹介してもらった大衆食堂で、宇和島名物の鯛飯を食す。鯛の刺身と生卵をだし汁に入れ、ぐちゃぐちゃかき回してご飯にぶっかけるというもので、美味でしたね。さすがにうどんは食いませんでした。人はうどんのみで生くるにあらず。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2005-03-07 06:25 | 四国 | Comments(0)

伊予・讃岐編(1):宇和島(04.2)

 早朝、ANA583便で松山空港に到着。今回は一人旅。ボテロが描いたムーミンのように温厚な(注:「豊満な」ということではないですよ)山ノ神は、「おみやげなんていらないわよ」とニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコしながら快く送り出してくれました。
 空港からバスでJR松山駅へ。「春や昔十五万石の城下町」という正岡子規の句碑が出迎えてくれます。何はともあれ、駅の食堂でうどんを一杯。とにかく四国のうどんは美味い! 今回の巡礼では山のようにたいらげて、蛇含草を食べたら薄汚いジーンズをはいたうどんが佇んでいた、というオチにするつもり。
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 さて今宵の宿泊地宇和島に行こうとしたら、信号機故障でJRが昨日から全面運休。やむをえず代替運行のバスで、3時間かけて宇和島へ行くことになりました。やれやれ。到着したのが午後一時頃、さっそく観光協会で自転車を借りて市内の散策を開始しました。とるものもとりあえず、空腹だったので眼前にあった普通の大衆食堂に入ってかきあげうどんを注文。プリプリの小エビに満ち満ちたかきあげと、歯が折れそうなモチモチのうどんを満喫。これで何と500円。至福。本気で四国への移住を考えたくなりました。まずは宇和島城へ。現存する天守閣めぐりの一環として、宇和島城・松山城・丸亀城を見物する予定ですが、その一発目です。市内中心にあるこんもりした小高い丘にある、白漆喰塗りの愛らしい天守閣です。観光地化されておらず、土産屋など一切なし。閑静な雰囲気の中で、古城の趣を満悦できました。天守に登ると、眼下の山間に広がる宇和島の町と、変化に富んだ海岸線と海が一望できます。
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 ふたたび自転車で街中を徘徊。まずは児島惟謙(これかた)の銅像を見物。1891年、来日中のロシア皇太子(後にロシア革命で殺されたニコライ二世)が日本人巡査に襲撃されるという大津事件が起こりました。ロシアとの関係悪化を恐れた政府は、法を曲げて犯人を死刑にするよう司法に圧力をかけるが、これを断固拒否して司法権の独立を守ったのが大審院長(現在の最高裁)児島惟謙です。宇和島出身だったんですね。彼の生家跡をたずねて、高野長英居住地跡へ。シーボルト門下の蘭学者ですが、幕府がアメリカ船モリソン号を砲撃した事件を批判し投獄されてしまいます。そして獄を脱走、硫酸によって人相を変え各地を転々としますが、最後は捕吏に発見され自害。彼は宇和島でも隠れ住んでいたのか。吉村昭の「長英逃亡」を読んでこなかったことを悔やむが、After the carnival。
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# by sabasaba13 | 2005-03-06 07:37 | 四国 | Comments(0)

「あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書」

 「あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書」(新評論)はお勧めです。先日、皇太子誕生日の記者会見で、皇太子妃が下記のように述べました。

 つい最近、ある詩に出合いました。それは、ドロシー・ロー・ノルトというアメリカの家庭教育学者の作った「子ども」という詩で、スウェーデンの中学校の社会科の教科書に収録されております。

 「批判ばかりされた 子どもは 非難することを おぼえる 殴られて大きくなった 子どもは 力にたよることを おぼえる 笑いものにされた 子どもは ものを言わずにいることを おぼえる 皮肉にさらされた 子どもは 鈍い良心の もちぬしとなる しかし、激励をうけた 子どもは 自信をおぼえる 寛容にであった 子どもは 忍耐を おぼえる 賞賛をうけた 子どもは 評価することを おぼえる フェアプレーを経験した 子どもは 公正を おぼえる 友情を知る 子どもは 親切を おぼえる 安心を経験した 子どもは 信頼を おぼえる 可愛がられ 抱きしめられた 子どもは 世界中の愛情を 感じとることを おぼえる」

 これがきっかけで、この本の売れ行きが伸びているそうです。著名人が読んでいるからすぐ飛びつくという姿勢には疑問をもちますが、今回は例外。是非多くの人たちに飛びついて欲しい。以前この本を読んで感銘を受けて以来、周囲の人々に推薦しまくっております。もちろんこの詩も良いのですが、もっと素晴らしいのが、スウェーデンという国の教育に対する姿勢です。1994年のスェーデン文部省「学習指導要領の概要」には、学校の任務は「生徒に、将来を築くという困難な事業への楽観的な展望を与えること」とあるそうです。五臓六腑にしみわたる言葉ですね。だから教科書も、社会の仕組みの建前・きれいごとを受験用に羅列するようなものとは全く違います。社会の現状(犯罪、同性愛、麻薬…)を真っ向から取り上げ、子供たちが将来どうやってそれに立ち向かってゆけばいいのかを伝えようとしています。社会の一員として、社会を築き、担い、そしてより良く変えていく、そうした市民になってほしいという思いがビシビシ感じられます。ただ「国を愛せ、国を愛せ」とストーカーのようにつきまとうどこかの国々とは、志が違いますね。例えば…

 生徒たちはみじめな給食に真剣に立ち向かうことにしました。数回のクラス委員会での討議の後、生徒たちは三つの重要項目について(自治体に)要求を提出することにしました。①給食への予算配分を二倍にすること。②民主的な投票で決まったお好みの料理トップ20―私たちが食べたいのはこれだ。③使い捨て食器類の全廃。

課題
 生徒たちの給食改善のための行動について、あなたの意見はどうですか。それは緊急の問題ですか。生徒達は理性的に行動しましたか。あなたなら、何か他の方法を取ったのではないでしょうか。これに引き続いて何をしたらいいでしょうか。あなたには学校の予算編成に参加してこうしたいということがありますか。討論しましょう。

 というわけで、もしこの本がベスト・セラーになれば確実に日本も良い方に変わると思います。そういう意味で、もし私が有力な政治家・官僚・財界のメンバーだったら、この本を焚書リスト・有害図書リストの中の筆頭に加えますね。他の焚書リストとしては、「サイキス・タスク」(フレーザー 岩波文庫 絶版) 「億万長者はハリウッドを殺す」(広瀬隆 講談社 絶版) 「安保条約の成立」(豊下楢彦 岩波新書 品切れ) 「御前会議」(大江志乃夫 中公新書 絶版) 「無境界の人」(森巣博 集英社 品切れ) 「絶望の精神史」(金子光晴 講談社文芸文庫) 「河上肇評論集」(岩波文庫 絶版) 「日本/権力構造の謎」(ウォルフレン 早川書房) 「公私」(溝口雄三 三省堂)を入れるかな。おおっ、絶版/品切れ率は66%!
# by sabasaba13 | 2005-03-05 16:06 | | Comments(0)

上州彷徨

 法師温泉旅行(05.2)の時につくった俳句です。雑俳ですが…


 雪冠りて怒り鎮めし浅間かな
 
高崎の少林山達磨寺から遠望した浅間を詠みました。でも鎮めてはいけない怒りもありますよね。

 梅の香の心洗ひしタウトの家
 
同じく達磨寺にあるブルーノ・タウトの寓居「洗心亭」が題材。ちょうど梅の花がほころびはじめて、良い香をはなっていました。

 身の溶けて雪となりけむ法師の湯
 
身も心も溶けて、蒸発して、空に上って、雪になって、法師の山々に降り積もったような気がしたので…

 亡き母の初寝の宿や雪埋む
 
先日逝去した義母の新婚旅行がここ長寿館だと聞いて驚きました。

# by sabasaba13 | 2005-03-03 06:34 | 邪想庵句集 | Comments(0)

法師温泉~館林編(2)(05.2)

 翌朝、朝食をいただき、朝風呂に浸って身も心もゆるゆるになりました。鳳仙花の実がはじけるように、みなさんはそれぞれの行動を開始。スキーに行く方、山歩きに行く方、帰宅する方、山へ芝刈りに行く方、人生いろいろです。小生は、群馬県立館林美術館に行く予定。「藤森照信の特選美術館三昧」(TOTO出版) を読んで、いつか訪れようとねらっていた美術館です。この本はお勧めです。建築の専門家から見た美術館という視点は刺激的。
 バスに乗り込もうとすると、宿の方がやってきて「今日は山ノ神のお祭りなので…」と、お神酒と赤飯をくれました。いやはや上州の山奥にまでわが山ノ神の名声が響き渡っているとは。感無量。上毛高原駅までバスに乗り、新幹線で高崎着。両毛線に乗り換えて伊勢崎で降り、東武線に乗り換えようとしたところ、尿意を催したのでトイレへ。次の列車は、と時刻表を見たところ一時間後! しゃあない、昼飯を食べて伊勢崎を散策しましょう。商店街に下のような看板がありましたが、「かかあ」とは? 解説を読んで納得、「上州のかかあ天下」のことなんですね。上州のかかあは、働き者で天下一だというのが本来の意味だそうです。ブラジルの国旗をよく見かけたので、そういえば外国人労働者が多い街だということも思い出しました。喫茶店でピラフと珈琲をいただき、煉瓦造りの時報鐘楼を拝見。駅に向かう途中に、こんな標語を発見。ひさびさにちょーむかつきましたね。今の苦しみをもたらしている原因・構造を考えず/批判せず/変えようとせず、ただただ耐えろちゅうのかい、え、おい、伊勢崎三中PTAのみなさんよお、とからんでしまいました。
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 東武伊勢崎線に乗って約50分で多々良駅に到着。ここから美術館まで徒歩20分ですが、幸いなるかな駅前に無料貸し自転車がありました。10分弱で到着。広大な芝生の中に、ほぼ平屋に近い印象の美術館が大地に蹲るように建っています。半月形の展示室を両手で抱えるように、ガラスばりの回廊が両サイドにもうけられています。回廊ぞいに水路がつくられ、空を映して情景に変化をもたらしているのは秀逸なデザイン。設計は、高橋てい一氏によるものです。展示室に入る時のみ有料なので、そこ以外の区域が出入り自由なのも結構毛だらけ。ベンチでまどろんでいる方もいました。この美術館の目玉は、フランスの彫刻家、具象的な動物像を製作するフランソワ・ポンポン(1855~1933)の作品群です。以前オルセー美術館で、愛くるしく的確にシンプルに豊かに白熊を表現した作品を見て以来、ずっと気になっていた作家なのです。「Pompon」という作家銘を見てぶっとびましたけれど。「不思議なことに、動物には端というものはなく、一巡する輪郭によってフォルムを閉じ込めなければならない」 彼の言葉です。鹿やふくろうや豹など、小ぶりな作品が数点展示されていました。ほわあと口元が緩んでしまいましたね、うん、一個欲しい! でも彫刻に触って鑑賞できないのは残念です。おぼろげな記憶では、オルセーで白熊のお尻をなでたような気がします。彫刻家も、触感でも鑑賞してほしいと望んでいるのではないでしょうか。手垢や油を落とすために人を雇えば、雇用の創出になるし。「キャッチャー・イン・ザ・ライ」ならぬ「ポリッシャー・イン・ザ・ミュージアム」、やってみたいな。奥の別館には、「大鹿」という大きな彫刻と、彼のアトリエが再現されていました。他に、群馬県出身の画家の絵(ex.福沢一郎…)や、ベン・ニコルソンやデイヴィッド・ホックニーなどイギリス・モダニズムが常設の展示です。それにしても群馬県とイギリス・モダニズムってどんな関係があるのだろう。頭を抱えてしまふ…
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 喫茶室で珈琲をいただき、一服しながら受付でもらった館林の観光地図を見ていると、結構面白そうです。分福茶釜の茂林寺や、田山花袋の旧居・文学館や、正田記念館・日清製粉記念館(皇后の実家)などなど… 宮中では「粉屋の娘」と陰で呼ばれていたそうですね。つつじの綺麗な時期に来てみたいな。美術館のすぐ近くにある多々良沼が、渡り鳥の飛来地ということなので、ちょっと寄って愛でてきました。ワサワサと群れる数百羽の鳥たちに「君たちの仲間の羽毛のおかげで、僕は安眠できるんだ」と感謝しながら。そういえば、「たたら」とは製鉄に使う鞴(ふいご)のことなので、このあたりには鋳物師(いもじ)集団がいたのでしょうね。分福茶釜説話の存在や、三大茶釜産地(芦屋釜・京釜・天命釜)の一つ、天命が近くの佐野にあるなど、符合します。館林から特急に乗って帰宅。
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 本日の二枚です。
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# by sabasaba13 | 2005-03-02 06:31 | 関東 | Comments(0)