京都錦秋編(9):西明寺(05.11)

 そして徒歩で西明寺へ。高山寺・神護寺という大看板にはさまれながらも健気に佇む渋い脇役のようなお寺さんです。神護寺がハンフリー・ボガード、高山寺がイングリッド・バーグマンとすれば、西明寺はクロード・レインズといったところかな。雨降る空港を後にしたあの二人の友情はその後どうなったのでしょうね? 途中で好物の焼き栗を売っていたので、山ノ神がさっそく購入。ホクホクして大変おいしゅうございました。おじさんは「あんた銀杏が好きそうな顔してはる」と言って、焼き銀杏をいくつかおまけにくれました。彼女の頭部、あるいは体全体が銀杏に酷似していることから推量したのかな。
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 歩いて十数分で西明寺に到着。数は多くないのですが、綺麗に色づいたもみじを堪能。境内につくられた小さな庭も趣味が良いですね、苔や水面を彩る散り落葉がそれはそれはそれは見事でした。色の饗宴! 数年前に来た時は、鐘をつけたよなあ、とふと思い出したところ、鐘楼に「一音100円」という張り紙がありました。嗚呼、値上げをしていない。喜び勇んでさっそく二人でつきました。ごおーんごおーん 清冽な清滝川に映る紅葉もきれいですね。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2006-02-14 06:07 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(8):高山寺(05.11)

c0051620_632230.jpg 本日は王道の中の王道、「ここを見ずして紅葉を語る勿れ」と小堀遠州が言ったかどうか知りませんが、高尾・嵯峨野・嵐山。朝七時半にチェックアウトし朝飯も食わずに京都駅へ。荷物をコインロッカーに預けて、バスを待ちます。幸い高尾直行の臨時便に乗ることができました。大宮通のあたりで、京都三大祭を描いた鏝絵(こてえ)を発見。「京都府左官技能専修学院」のビルでした。こうした技能の継承は嬉しいかぎりです。渋滞もなくスムーズに栂の尾に到着し、まずは高山寺を拝見しました。普段ですと三尾の紅葉の盛りは11月上旬らしいのですが、今年は十分に葉が残っています。山々を彩る赤・黄・橙の見事なグラデーションには言葉を失います。正方形を斜めにずらして連続的に配置した、見事なデザイン感覚の敷石もみものですね。日本最古の茶園、そして石水院を見学。後者は、明恵が後鳥羽院から学問所としてもらった建物で、当時の唯一の遺構です。その趣味の良い簡素さ、質実剛健さにはほれぼれします、冬は相当寒そうですが。パンフレットには、アッシジの聖フランシスコ教会と兄弟教会の約束をとりかわしたとあります。明恵上人(1173~1232)と聖フランシスコ(1181~1226)は同時代人で、ともに清貧の生涯を送りながら信仰を深めたという類似点があるからだそうです、成程。小鳥に説法した聖フランシスコ(ジオット作)と、小鳥やリスにかこまれて座禅をくむ明恵(成忍作)、そう言われると似ていますね。後世、プロテスタントに対抗してカトリック布教拡大の中心となったフランシスコ会の創始者と、日本版宗教改革でもある、個人の信仰を重視した鎌倉新仏教に反駁した明恵、そうした旧教側の連帯感もあるのかな。明恵の歌です。
 あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月
 なお「鳥獣戯画」は甲・丙巻が東京国立博物館、乙・丁巻が京都国立博物館に寄託されております。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2006-02-13 06:05 | 京都 | Comments(2)

京都錦秋編(7):宝泉院(05.11)

 三千院の少し奥にある宝泉院も穴場だということなので寄りましたが、さすがに情報化社会、けっこうな人出でした。みなさん知っているんだなあ。ここの見ものは、部屋の二方が開放されており、柱・長押・床という横長の額縁でお庭を切り取って見たれるところです。ル・コルヴィジェのリボン・ウィンドウはここからヒントを得たのかな。一方には松の巨木、一方にはもみじの大木、見事な景観です。部屋の中央から眺めたいところですが、人が折り重なって座っているためそれは不可能。でも抹茶をいただきながら贅沢な時間を過ごせました。お寺の方が腱鞘炎になりそうな勢いで、しゃかしゃか茶をたてていたのが印象的。なお入り口の両側にある瀟洒な坪庭もいいですね。庭師の方が手入れをしておられる姿を見て、庭を美しく維持するのは大変なことなのだとあらためて痛感しました。
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 帰る途中のお店でぬれせんべいを買い、食べながらバス停に向かいました。大混雑かと思いきや、さすがにバス会社は手馴れていらっしゃる、臨時バスが次々に配車されあまり待たずにしかも座って帰ることができました。高野橋で降り、自転車に乗って川端通を南下、加藤順漬物店で土産を注文・配送してもらい、自転車を返却したのが午後六時半。この店で借りてよかった。なお山ノ神が以前さるお方から伝授された、ひったくり防止法を紹介します。写真のようにハンドルに肩掛けを通せばいいのですね。目から鱗、暮らしに役立つ「散歩の変人」。地下鉄東西線に乗り、烏丸御池で烏丸線に乗り換え、北大路駅で下車。すでに「スルッとKANSAIカード」の残額は10円、新しいカードを購入してさあどうすればいいのかなと、駅員に尋ねました。すると古いカードのみを入れて出口で清算とのこと。カードを入れると機械の残額表示が10円とでました。東京だと運賃の最低額がないと使えないのにね。関西人の合理性と人間らしさに頭を下げましょう。夕食は北大路にある洋食屋「グリルはせがわ」。入江敦彦氏が推薦しておられたので選んだ店です。エビフライ+ハンバーグのミックスフライ定食を食しましたが、なるほど感動も絶望もせず、十分な量と納得できる料金と真っ当な味でした。でも、やはり、何といっても「金平」がいいなあ。店の近くの歩道に不法駐車してある自転車には、シールが満艦飾に貼られていました。貼る側の熱意と執念がひしひしと感じられる物件。京都人のガッツを思い知りました。
 烏丸線で五条に戻り、ホテルに到着。明日はもう最終日です。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2006-02-12 07:37 | 京都 | Comments(0)

「ミュンヘン」

c0051620_740225.jpg スピルバーグ監督の「ミュンヘン」を見てきました。パレスチナ問題と暴力の連鎖に真っ向から取り組んだ、真面目な骨太の映画です。1972年、ミュンヘン・オリンピックでイスラエル選手が、パレスチナ人組織「黒い九月」によって政治犯釈放のために人質とされ、全員殺害されたシーンからはじまります。その報復のためにイスラエル政府がモサド(秘密諜報機関)に命じて、事件の首謀者11人の暗殺を命じます。そのために五人のユダヤ人が選ばれチームを組んで、次々と暗殺を行っていくというストーリー。
 はじめのうちは、暗殺されるパレスチナ人の「顔」を映画では描きこんでいます。「千夜一夜物語」をイタリア語に訳し、牛乳を買いながら談笑する人、ピアノを習う娘を愛しむ人… しかし暗殺が繰り返されるにつれ、そうした描写はなくなり、殺される標的としてしか描かれなくなります。他者のもつ「顔」が見えなくなり、「われわれ」と「あいつら」という単純な二分法に陥った時に、人間は暴力や殺戮に対して無感覚になっていくのかもしれません。
 やがてパレスチナ側からのユダヤ人に対する報復も激化し、それがさらに彼らをヒート・アップさせていきます。しかし偶然パレスチナの青年と語らう機会を得た主人公は、こうした暴力と殺戮の連鎖に疑問をもちはじます。たぶん「顔」をもったパレスチナ人と向き合ったのは、これがはじめてなのでしょう。同じ疑問をもつ仲間も増えていきますが、暗殺は続行されます。やがて爆弾を恐れてベッドを切り裂き、TVや電話を解体するなど、報復を恐れる彼の精神は蝕まれていきます。このあたりの主演エリック・バナの演技は鬼気迫るものですね。そしてほぼ任務に成功し帰国した彼は、モサドをやめ妻子とともにニューヨークに移住していきます。
 料理が大好きな若きリーダー(主人公)が、子供が生まれたばかりの愛妻家という設定がいいですね。仲間に料理をふるまい、ショー・ウィンドウでシステム・キッチンを凝視する彼の姿に、人種や宗教の違いに関係なく「愛する人と共に食事をする」ことが人間にとって大事なのだというスピルバーグのメッセージを感じました。そうした人間の喜びを脅かす暴力の連鎖を、静かに糾弾した映画だと思います。
 最後の場面で、NYにやってきたモサドの元上司を、主人公は夕食に誘います。「遠来の客を歓待することはわれわれの義務です」 しかし上司は「No」と断り去っていく。その背景に、今はなき世界貿易センターのツインタワー・ビルが遠望できます。パレスチナ人との共存を拒否したイスラエルの態度が、やがて9・11をもたらすと暗示しているのでしょう。

 基本的に暗澹とした血生臭い映画なのですが、「殺す側」と「殺される側」の人間としての「顔」(生活・家族・喜怒哀楽…)をきちんと描いていることで救われます。パレスチナ問題についてコメントをする能力はないのですが、お互いの、同じ人間としての「顔」を知るということが暴力の連鎖を断ち切るための第一歩ではないのかな。監督自身もタイム誌からのインタビューに応じてこう語っているそうです。
 イスラエルとパレスチナの子供たちに、ビデオカメラを配る計画があるんです。それで、お互いの日常を撮影してもらって、それを交換するんです。そうすれば、お互いが、どんな生活をしていて、何を着たり、どんな音楽を聴いたりしているのかが分かるでしょう。
 スピルバーグは本気で中東和平に取り組もうとしているようです。メディアの責任も重大ですね。次は、こうした暴力の連鎖により世界に恐怖と不安と憎悪が満ち溢れることによって、利益を得る側を描く映画を期待します。

 余談ですが、1972年頃といえば、ちょうど私がポップスに夢中になっていた時期です。爆弾のスイッチを押す直前に「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」を口ずさんだり、ベイルートでバンドが「ブラック・マジック・ウーマン」を演奏するシーンには、おもわずニヤリとしてしまいました。また主人公のユダヤ人青年とパレスチナ人青年が、ラジオの音楽番組の選局で争い、最後にお互いに妥協できる曲を見出して微笑みあうというシーンもよかったなあ。 (中東和平もこんな風にいけばいいのですが…) 「音楽は何も変えることは出来ない。しかし音楽は何度でも人の心を救うだろう」という誰かの言葉が大好きなので、そうした観点からこの時代のポップ音楽をもっと取り上げてくれたら嬉しかったのですが。

 それにしても、今年は現代世界の戦争や政治を描いた面白そうな映画が目白押しですね。「ホテル・ルワンダ」「イノセント・ボイス」「ジャー・ヘッド」などなど。やはり二期目を迎えたブッシュ政権に対する危機感の現れなのでしょうか、だとしたら嬉しいのですが。日本の映画人にもぜひ期待したいところです。イラク戦争―米軍基地と兵士―沖縄をテーマにした気骨ある作品をつくる、ガッツと識見にあふれるプロデューサーと監督はいませんかあ。
 ヒットするかどうかでその国の知的レベルが明らかになる映画だと思います。さて日本ではどうかな。

●「ミュンヘン」公式サイト http://munich.jp/
# by sabasaba13 | 2006-02-11 07:40 | 映画 | Comments(2)

「見知らぬわが町」

 「見知らぬわが町 1995真夏の廃坑」(中川雅子 葦書房)読了。以前、大牟田で三池炭鉱物件めぐりをしたのですが、準備不足で物足りない思いが残っていました。あるブログでこの本を知り、さっそく購入、一気呵成に読んでしまいました。当時大牟田の高校に在学していた著者は、坑内に資材を搬入する巨大な櫓を見て「何なのだろう?」と疑問に思い、夏休みを使って三池炭鉱の関連施設や囚人墓地を自転車で見て回ります。図書館で文献を調べながらまとめあげたレポートが、その後「日刊大牟田新聞」で連載され、本書となったわけですね。
 調べていくうちに、著者は囚人労働に特に興味を引かれます。「三井財閥は三池炭鉱における囚人たちの人柱によって築かれたと言っても過言ではない」 さらに自らが住む大牟田という町も、囚人の命を犠牲にして繁栄したと思い至り、忘れ去られた囚人墓地を何とかして見つけようとします。地図や文献で調べ、炎天下(大牟田の夏は暑いでしょうね)自転車をこぎ続け、立入禁止区域に忍び込み、草むらに分け入り、地元の人に訊ね、摩滅した碑文を読み解く。私もそういうことは大好きなのですが、己の中途半端さを痛感しました。著者のこの熱意と執念には頭が下がります。それを支えたのは「誰かを犠牲をして今の自分の暮らしがある。せめてその事実を知り犠牲者を追悼しなければ」という思いですね。缶ビールと煙草を囚人墓地に供えて黙祷する場面では、胸がジーンとしてしまいました。
 また暴風で飢饉にみまわれた与論島の人々をあえて採用し、彼らが周辺住民に差別されることを利用して、低賃金で恒久的に働かせようとした三井の方針にも目を配っています。著者の曽祖父・曾祖母がその中にいたのですね。与論島出身の人たちが住んでいた社宅はすでに消え失せているのですが、著者は何とかして見つけ出そうとこう呟きます。
 八月十二日、私はふたたび新港町を訪れた。「跡形もない」わけがない、と思い直したからだ。
 素敵な言葉をいただき感謝します。そうですよね、人間の営みは必ずその跡形を残すと信じます。そしてそれを見つけるためには、知識と感性と、そして何よりもそれを知りたいという思いが大事なのだと思います。
 もし大牟田に行く機会があれば、ぜひ読んでみてください。本日の一枚は、大牟田の宮原坑跡に残されている櫓です。
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# by sabasaba13 | 2006-02-10 06:08 | | Comments(0)

ナイト・ライツ

 深々と冷え込む冬の夜半、よく聴くのがこのアルバムです。ジャンルはジャズ、ジェリー・マリガン六重奏団による「ナイト・ライツ」。彼はテナー・サックスよりも低い音域を受け持つバリトン・サックスの奏者なのですが、何ともはや扱いづらそうなこの楽器を暖かい歌心と素晴らしい技術で吹きこなします。彼はピアノが加わるのを好まず、バックはギター・ベース・ドラムス、そしてアート・ファーマー(トランペット)とボブ・ブルックマイヤー(バルブ・トロンボーン)との三管編成。中でも私のお気に入りは、Prelude in E mainor、ショパンの前奏曲第四番をジャズとして演奏した一曲。低音域を中心とした落ち着いた雰囲気の中、大声でわめきたてず、一音一音を慈しむかのような即興演奏がくりひろげられていきます。出色はやはり悲しく切なくそれでいて優しいマリガンのソロ。ややかすれ気味で甘くほろ苦い彼のバリトン・サックスの音色もいいですね。心拍数は減り、脳波が落ち着き、血圧が下がるのが自覚できるほど。頭や心の中のゴルディアスの結び目をアレキサンダー大王のように無理に断ち切らなくてもいいんだよ、放っておけば…と囁いてくれます。
 実は、かなり昔にFM東京で「アスペクト・イン・ジャズ」という番組が放送されていたのですが、そのオープニング・テーマでもありました。それ以来の長いつきあいですが、聴き飽きることはありません。何の不安もない(その存在に気づいていない)小さな小さな世界に充足していたあの頃を懐かしく思い出します。戻りたいとは思いませんが…
 ショパンの「24の前奏曲」もいいですね。コルトー、アルヘリッチ、ポゴレヴィチ演奏のディスクをもっていますが、よく聴くのはコルトー。音質は悪いのですが、起伏の激しいダイナミックな演奏です。
# by sabasaba13 | 2006-02-09 06:44 | 音楽 | Comments(0)

「ご臨終メディア」

 「ご臨終メディア ―質問しないマスコミと一人で考えない日本人」(森達也+森巣博 集英社新書0314B)読了。瞬間消臭スプレー(無香料)を小脇に抱えながら読むことをお勧めします。現代日本のメディアが漂わせる屍臭・腐臭・腐卵臭に鼻が曲がってしまうこと請け合いです。
 森氏はオウム真理教を描く「A」「A2」などを作成した映像作家。森巣氏は世界中のカシノを渡り歩くギャンブラーで、著作業も営んでおられ、「無境界家族」というユニークな随筆を読んで以来贔屓にしております。個人の自由を抑えつける日本を嫌い、国家によるしばりが最も少ないと思われるオーストラリア国籍を取得した方でもあります。この両者が対談形式で日本のメディアを徹底的に批判したのですから、面白くないわけがない。マスコミの体質を知悉する森氏が静かな闘志を内に秘めながら相手の弱点を冷静に攻めれば、森巣氏は憤怒の形相で凶器(暴言)攻撃をくりかえしながらも意表をつく大技でTKOをねらいます。まるでドリー・ファンク・Jrとタイガー・ジェット・シンがタッグを組んだよう。メディアは「感情」と「論理・ルール」のどちらに軸足をおくべきかをめぐって時々仲間割れもしますが、両方とも大事だということで破局には至りません。

 確かに昨今の日本のメディアの下劣さは目を覆いたくなります。中身の無い醜悪なテレビ番組を垂れ流し、強い者(小泉首相・石原都知事)には媚び諂い、弱い者(イラクで人質にされた三人・堀江貴文氏)はみんなの憎悪や恨みを代行するかのように徹底的に叩いて懲罰し、世界の重要な動きを報道せず、視聴率が稼げそうな国内の話題を追いかける(タマちゃん!)…
 詳しい分析は本書にゆずるとして、一言で言うと、高い利潤と収入を守るために、視聴率や購買数を最優先し(人々が求めているとメディアが判断した内容を優先…)、面倒を回避し(政治家を追及しない、抗議を恐れる…)、その結果として国民の知る権利を代行するという重要な責任を放棄し、保身に走る。政治家や官僚・財界がメディアを操っているというイメージを持っていたのですが、そういう局面はそれほど多くないようですね。放っておいても政官財の望むようなメディアであるだろうと、完全になめられています。
 
 さあ、どうすればよいか? 森氏曰く「メディアを支配するメカニズムは、一にも二にも市場原理である。だから少なくとも、民意には大きく背かない。」「メディアにとっての最優先順位は、政権与党の顔色より数字である。」 つまりここまでメディアを腐敗させた原因は、われわれです。ということは、われわれの「民度」(社会や世界を人間的でまともなものにするための能力・意欲、と定義しておきます)が向上すれば、メディアを立ち直らせることができるというわけです。でも「民度」を上げるためには、質の高いメディアの存在が不可欠です。ニワトリが先か、卵が先か? でも諦めることだけはやめましょう。森巣氏もこう言っています。
 永い博奕体験から、私には言えることが一つある。それは、希望が絶望に変わるのは諦めたときなんです。諦めちゃいけない。絶望に陥ってはいけないのです。やれるところから変えていきましょう。
 まずはろくでもない新聞は買うのをやめ購買数を減らし、テレビ局に「脳の表面がスケートリンクのようになるよう下劣な番組は即刻中止してください」というメールを送るのが効果的かな。
 ん? まてよ。ということは政官財諸氏にとって「民度」が向上しない方が都合がいいわけだ。だから学校を二極化して(スクール・カースト制?)、「勝ち組」学校では中高一貫化によって大学入試勉強を重視し、「負け組」学校では奉仕・道徳・職業教育を重視するわけだ。そして学校全体に対しては「日の丸・君が代」を強制して愛国心を煽り、安全教育によって過剰なセキュリティ意識を植え付け、みんなの連帯を破壊し監視社会に慣れさせる。なるほど、さすがによく考えていますね。

 森巣博氏のアルゼンチン・バックブリーカー級の大技を二つ紹介します。この発想は凄い、凄すぎる…
 (北朝鮮を民主化するために) テレビを北朝鮮に送ればいいんです。韓国のテレビ放送は映るのですから、そこから情報を得るだけで変化が生れます。米25万トンなんて言わないで、テレビ25万台を渡す。

 (死刑制度に反対) もし死刑制度を継続するというのなら、執行の制度、刑務官が殺人代行するのをやめるべきです。選挙人名簿から無作為抽出し、その人に文化包丁でも渡し死刑執行をしてもらおうというのが私の意見です。それこそが国民の意思の遂行じゃありませんか。(「死刑囚が乗った踏み板をはずすボタンは、複数設置されています。要するに、誰が押したボタンが処刑に繋がったかがわからないようなシステムになっている」という森氏の証言あり)
 貴重な情報も多々ありましたので、いくつか紹介します。
 視聴率調査はビデオリサーチの一社独占体制で、わずか6600世帯へ調査を委託。

 刑務所では讀賣新聞しか読めない。

 SBS(オーストラリアの少数者のための公営放送局)で、日本人三人がイラクで人質にとられた時の自己責任論について放送された。なぜ自己責任となるのかとインタビューされた「産経新聞」の編集委員は、「ノーコメント」と答えた。

 日本テレビが、北朝鮮への25万トンの米の援助決定で調整しているといった報道をしたことが、小泉訪朝の妨害だと言い、首相官邸は取材陣の政府専用機への同乗を認めなかった。

 アブグレイブ刑務所におけるイラク兵への様々な形の暴力を、アメリカのメディアはtorture(拷問)と呼ぶかill-treatment(虐待)と呼ぶかで統一されていないが、日本のメディアはすべて「虐待」と報道。ちなみにフセイン政権による暴力はすべて「拷問」と報道。

 「A」を撮影しているカメラの前で、捜査側の人間が自ら転び、それをオウム信者にやられたとして公務執行妨害で不当逮捕をした(転び公妨)。警察は、どうせ報道しない(できない)だろうと、メディアをなめきっている。

 NHK番組「問われる戦時性暴力」の内容が改竄されたとして、取材を受けた市民団体が提訴を行った。判決は、改竄を行ったNHKの責任は問わず、実際に取材・制作を担当したドキュメンタリージャパンに賠償命令を下した。理由は、被取材者が、取材の結果に対して抱く期待は、法的保護の対象となる(期待権)ということであった。

 現在、パチンコで得た景品をおおっぴらに換金できる。景品を買い上げるシステムを警察が立ち上げたからだ。これによって警察は、共済組合から毎年数百万円の年金を頂戴できる仕組みになっている。

 セキュリティを求めて過剰な監視社会が到来すると、警察は天下り先が増えて喜ぶ。
 追記。今朝のニュースは懐妊一色です。ふう
# by sabasaba13 | 2006-02-08 06:09 | | Comments(2)

京都錦秋編(6):赤山禅院・三千院(05.11)

 その隣にある赤山禅院も紅葉がきれいでした。わりと人も少ないし穴場です。ここはさまざまな祠が集められている民間信仰の集合住宅ですね、京都町衆の祈りと欲望を垣間見ることができます。金神社、歓喜天、相生明神、不動さま… 願掛けのはしごを堪能できますね。
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 さてこれから蓮華寺、岩倉実相院、円通寺とまわる予定でしたが、時間がありません。断腸の思いで取りやめ、大原に向かいましょう。出町柳まで行って自転車を置きバスに乗ろうとしたところ、高野橋のところにショッピングセンターがありました。渡りに船、自転車を置かせてもらい、トイレを拝借し、軽食をとりました。山ノ神の大好物、玉子焼とうどんのセットを食し、ここからバスに乗って大原へ。さすがに満員で座席に座れず立ったまま到着、後部扉からも乗客をおろし係員が移動式の料金箱をゴロゴロともってきてくれました。おかげで「スルッとKANSAIカード」を使えました。
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 原宿の如き人ごみをかきわけ商店街を通り抜け、三千院に到着。いやあああ、素晴らしい。やはり山中に近いためか、紅葉も鮮やか、植物や苔も瑞々しく生き生きとしています。ところどころに配置された石仏も風情をそえています。京都が好きな理由の一つが、苔です。柔らかく地表を覆う、陰影に富んだ緑の苔を見ているだけで幸せ。その上にさまざまな色の落葉が散っていたら、お銚子もう一本! いいですね三千院、「ぼうや良い子だ…」じゃなくて「京都大原三千院…」と思わず口ずさんでしまいました。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2006-02-07 06:10 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(5):修学院離宮(05.11)

 それはさておき、この付近に限らず犬の排便を禁止する張り紙が異様に多いですね、京都は。塀を守るための犬矢来を見てもわかるように、人と犬の間に一千年以上にわたる敵対関係があったのでしょう。都人らしく穏やかな表現なので写真は撮りませんでしたけれど。ちなみに大阪では過激な表現のものをよく見かけました。一番敵意がこもっていたのがこれです。ゾゾゾ
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 そしてすぐ近くの紅葉の穴場だという鷺森神社へ寄りました。参道の並木が色づいていましたが、赤く染まっている木々はあまりなくもの足りません。
 そして修学院離宮の脇を通って… おっ離宮の畑と植込みがすぐ目の前に見えます。おまけに人が自由に入っている! 「立入禁止」という看板が裏返しになっているので、こりゃ紅葉特別拝観なのか、宮内庁もなかなかういやつじゃ近う寄れ苦しゅうないぞ帯を解け、と勝手に判断し自転車で乗り込みました。もちろん庭園内部には入れませんが、付属の畑や、尋常ではない凝った造りの見事な垣根、絨毯のような苔と数本のもみじを見物できました。われわれの血税を使って手入れしてあるためか、何となく気品のある素晴らしい紅葉でした。するとキコキコと皇宮警察の方が自転車に乗ってやってきて「すみません、立入禁止です」と腰に下げた拳銃の引き金に指をかけながら(嘘)言うではありませんか。どうやら何者かが看板をひっくり返したようです。どなたか知りませんが、なかなか洒落たことをなさる通人ですね、ありがとう。裏技(犯罪?)ですが、看板をひっくりかえせば素知らぬ顔で修学院離宮に入れますよ。簡単に裏返せるので、お試しあれ(犯罪教唆?)。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2006-02-06 06:04 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(4):曼殊院(05.11)

 詩仙堂、円光寺はとばして、曼殊院へ。このあたりの風景もずいぶん変わりましたね。少し前はのどかな田園地帯でしたが、新興住宅が建ち並んでいました。曼殊院は、門跡寺院(皇族がかかわる格式が高い寺院)で、江戸前期につくられた書院には桂離宮とも共通するデザインが見られます。瓢箪型の引戸や富士型の釘隠しなどは、見事な工芸品です。きっとお公家さんが職人に対して「そらあかん」とか「ええでええで」とか厳しい注文をつけながら作らせたのだろうなあ。金持ちが良い趣味を身につけて、金をかけて職人を育てるのは大事だと思います。これも大事なノブレス・オブリージュ(=身分の高いものは社会的責任を負う)。マイセンの陶磁器を買い集めて部屋に飾って悦に入っているようじゃ、文化とそれを生み出す職人は育ちません。ここの枯山水庭園も見ものですが、全体的に手入れが悪いような気がします。塩化ビニル製の雨どいを平気で使っているし、経済的に苦しいのかな。それでも障子の補修してあるところにさりげなくもみじの落ち葉を二枚貼るとこなんざあ、さすがに洒落てます。入口にこんな貼紙がありましたが、二脚って何でしょう? 一脚・三脚使用禁止のお寺さんが多いので、某メーカーが開発したのかな。てことは次は四脚の登場ですね、その攻防が楽しみです。近々「一~六十四脚使用禁止」という貼紙が登場するかもしれませぬ。それにしても「預ります」という字の達筆なこと!
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 そして何といっても門前の両側に並べて植えられたもみじが素晴らしい。日本語の「明るい」と「赤い」は同語源だと心底納得してしまうような鮮烈な赤い紅葉でした。それが白い土塀と緑の苔と調和して絵にも描けない美しさ! 参道の並木の紅葉も見事でs、ん? そこにある「吸殻を捨てるな」という立看板を見ると、京都国体マスコット「未来くん」が微笑んでいるではありませんか。グレゴリ青山氏が「不気味だ、早くなくなれ」と痛罵していた噂のマスコットですが、でもよく見ると… 不気味だ。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2006-02-05 07:50 | 京都 | Comments(0)