京都錦秋編(2):養源院・東福寺(02.11)

 天気予報では、曇り/雨だったのですが、見事な快晴。神様は、わた、もといっ、われわれの日頃の善行をちゃんと見ているのですね。朝食も食わずに行動開始。まずはホテル隣、三十三間堂脇の養源院へ。

 穴場その二:養源院

 小振りで瀟洒で貧乏っぽくて大好きなお寺さんです。早朝ということもあり、二人だけで紅葉狩を満喫。もみじは多くはないのだけれど、緑の木々とのコントラストが素敵です。俵屋宗達の杉戸絵と伏見城の血天井もみものですよ。
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 今熊野商店街を抜けて東福寺へ。8:30開門と聞いたので8時頃に行ったら、いきなり駐車場は満車。ゾロゾロと善男善女たちが東福寺へと歩いていきます。そして門前の臥雲橋(ここまでは無料)からふと脇を見ると、おおおおおおおおっ、朝日に輝く谷満面の紅葉と通天橋が私たちを迎えてくれました。感激、眼福、give up、座布団一枚。しばし行列に並んで、境内に入るとそこは赤、黄、褐色、緑といった色彩の坩堝。しかも一枚一枚の葉の色の微妙なgradation。さらに散り敷いた落葉のくすみながらもほのかで渋い色合い。小生の稚拙な表現力では、言葉にするのはもうこれが限界です。紅葉ってこんなに綺麗なものだったのか! もってけ泥棒! 夢見心地でフラフラと木々の間をさ迷い歩き、写真をバシャバシャ撮りまくり、「きれい、きれい」と呻き続けるのみ。方丈・龍吟庵・即宗院の庭もそれぞれに味わい深いものでした。
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 本日の二枚は、東福寺です。
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# by sabasaba13 | 2005-11-08 06:12 | 京都 | Comments(0)

京都錦秋編(1):高台寺・知恩院(02.11)

 そろそろ紅葉の季節ですね、自称「紅葉ストーカー」の私、この時期になると体がウズウズしてきます。三年前に行ってきた京都錦秋旅行記です。この年は例年になく見事な紅葉で、身も心も真っ赤となり、あーきの夕陽あーきの夕陽照る山照る山もみじ、など一人輪唱を口ずさんでしまうほどでした。穴場情報もまじえましたので、よろしければご参考にしてください。
 夜、京都着。駅でマツタケ御飯を食す。(1000円!) おそらく国産ではないでしょうが、山ノ神は『松茸風味のゲップがでる』とご満悦でした。タクシーで常宿の京都パークホテルへ。今回は運転手さんに必ず次の質問をしました。Q.空いていて紅葉の綺麗な穴場は? A.「岩倉の実相院」とのこと。ちょっと遠いなあ。あと高台寺と知恩院のライトアップがすばらしいとの情報をいただきました。もらいっ。清水寺は明日の夜にして、ホテルで旅装をとき、タクシーで高台寺へ。今度の運転手さんにも訊いてみました。A.「山科の毘沙門堂」(運転手さんに「これは秘密やで」と言われたのですが、ばらします。御免) 彼は大変おもしろい方で「山科はええけど、つぶしがきかんからなあ」「高台寺に行くんやったら、腹くくらなあかん(筆者注:混雑しているということ)」「秋の京都は紅葉やなくて、人を見にくるもんや」「拝観料やのうて入場料や。誰も仏はん拝んどらん」と爆笑発言を連発。さて腹をくくって高台寺へ来ましたが、首をくくりたくなる程の混雑ではなく一安心。夜の紅葉もいいもんですね。ライトアップされて夜空に浮かび上がる照葉に見惚れてしまいました。眼福眼福、幽玄幽玄。鏡のような池に映った紅葉も幻想的です。池の中から坂東玉三郎が出てきて引きずり込まれそうな気がしました。
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 そして円山公園を抜けて知恩院へ。ここは穴場です!

 穴場その一:夜の知恩院

 人が少なくて、じっくりと夜の紅葉を堪能できました。特に友禅苑がいいですね。ちなみに後でおけいはん(注:京阪電車の自称)に教えてもらったのですが、近くの青蓮院でもライトアップをしているとのこと。知恩院以上の穴場かもしれませんぞ。
 祇園に出て、進々堂でケーキを買って、京阪電車の七条駅で降りて、ホテル近くの「お酒の共和国」(全国の銘酒を集めた小生ご用達のお店)に寄り、寄り、よ… ぬぅうわい! 消えてる! 最近、私たちの大好きな練馬の飲食店(ex.花膳・シャリマール・バロン・ポローネ…)が相次いで潰れて悲嘆していたのですが、よもやあなたまでが。合掌、自棄酒を飲んで不貞寝。

 本日の一枚は、知恩院友禅苑です。
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●おけいはん、秋を歩く 紅葉エリアMAP   http://www.keihan.co.jp/ensen/momiji/
# by sabasaba13 | 2005-11-07 06:08 | 京都 | Comments(0)

「国家と犠牲」

 「国家と犠牲」(高橋哲哉 NHKブックス1036)読了。「靖国問題」(ちくま新書532)の続編です。下記のような主張は一貫しています。
 国家による「犠牲」の論理は、戦死者の死を「祖国のために」の偉大な業績として讃えることによって、現在および将来の国民に、彼らを模範として「祖国のため」に「自己犠牲」の義務を果たすことを求めます。
 前半部では靖国問題に、自衛隊のイラク派兵やヒロシマ・ナガサキといった視点を加えてさらに分析を深めています。実は今年の三月に広島に行った時に、「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」という耳慣れぬ立派な施設が建っていたのを不審に思いました。この本でわかったのですが、「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」に基づき、2002年に広島、2003年に長崎にもつくられた施設なのですね。そして著者は、国家が原爆による死と残虐を「聖化」することによって、昭和天皇とアメリカ政府の責任が抹消されてしまう可能性を指摘しています。
 そして後半部では、戦没者顕彰装置が日本だけの特殊なものではなく、軍隊を保有して戦争に備えているあらゆる国家に一般的に備わっていることを分析したものです。特にヨーロッパにおける「犠牲」の論理を、「創世記」におけるイサク奉献の物語、ギリシア・ローマ、中世、そしてフィヒテとルナンの言説を概観しながら、それがヨーロッパの歴史において一時的な断絶はあるものの、連綿として受け継がれ、そして第一次世界大戦後にその頂点に達したとしています。キリスト教思想における天上の国のための殉教という論理が、地上の国のための殉国という論理へと移行したという説は納得。近代日本には前者が存在しなかったため、教育によって人工的に後者を作らざるを得なかったのですね。
 そして著者は、犠牲なき国家、犠牲なき社会、そして軍なき社会、武装なき社会、これらを実現することがいかに困難であるかを認めながらも、それでは私たちに犠牲を要求し、それを正当化し、聖化・聖別さえする国家に対して、批判を断念しなければならないのかと問いかけます。否。
 あらゆる犠牲の廃棄は不可能であるが、この不可能なものへの欲望なしには責任ある決定はありえない。
 もちろんすっきりとした結語ではありません。しかし寺山修司が「偉大な思想などにはならなくともいいから、偉大な質問になりたい」と言っているように、この問いかけは重要です。いろいろなことを考えさせられています。個人の死を、国家による顕彰/不顕彰からどうやって守ったらいいのか。宗教による「犠牲」の顕彰をどう考えるのか。そして最も考え込まされているのが、ジャック・デリダ「死を与える」からの引用部分です。長文ですが、孫引きします。
 その文明社会が創設し支配している市場の構造と諸法則のゆえに、対外債務のメカニズムとそれに似た他の多くの非対称関係ゆえに、同じその“社会”は数億人もの子どもたちを飢餓や病気で死亡させる、あるいは(中略)死亡するにまかせている。それなのに、道徳上・法律上のいかなる法廷もこの犠牲―自己自身を犠牲にしないための他者の犠牲―について審判できない、という事実によって、このような社会は、計り知れない犠牲に与っているのみならず、こうした犠牲を組織している。その経済的、政治的、法的な秩序が順調に機能し、その道徳的言説と良心が順調に機能することの前提には、この犠牲の恒常的な実行があるのだ。
 そうですよね、今私が最も知りたいのがそのメカニズムとそれに対する対処法です。他者を犠牲にしなければ機能しない経済的・政治的・法的システム。極端な例で言えば、東南アジアの人々を犠牲にして安いエビをたらふく食べ、そのシステムを守るために日本の人々を犠牲にし、その死を顕彰することによってさらなる「自己犠牲」を求めていく。さすがに日本においては事態はそこまで(たぶん)至ってはいないと思います。しかし世界の現状を見ると、もう日常的な事態です。いわゆる「テロリズム」の温床の一つはここにあると思うのですが。
 未完成ではあるが、とにかく刺激的な本です。一読の価値あり。
# by sabasaba13 | 2005-11-06 09:12 | | Comments(0)

「水と原生林のはざまで」

c0051620_2051598.jpg 「水と原生林のはざまで」(シュバイツァー 岩波文庫)読了。インターネットで本を注文することが多くなり、本屋・古本屋から足が遠のいてしまっています。いけないいけないと後ろめたく思っているのですけどね。たまたまチェロ・レッスンまで時間があったので、近くの古本屋に立ち寄りました。紙魚と黴の匂いに恍惚としながら、狭い店内をうろうろし、未読かつ安価だった岩波文庫版の本書と「吉井勇歌集」を購入しました。
 アルベルト・シュバイツァー(1875~1965) ドイツの神学者、思想家、音楽家、医師。学生時代の献身の決意を実現するため、神学とあわせて医学を勉強し、1913年パリ福音伝道会派遣の医師として赤道アフリカのフランス領コンゴ(現ガボン共和国)のランバレネに赴き、医療事業を開始する。第一次世界大戦勃発のため捕虜として抑留されて事業は挫折し、ヨーロッパへ送還される。(小学館スーパーニッポニカ) この間のことを綴ったのが本書です。

 まず興味深いのは、シュバイツァーが植民地を、家長主義により肯定していることです。つまりヨーロッパが兄として、経済的・人間的・精神的に遅れている植民地を教え導くのは当然であるという考えです。しかし経済的搾取のための大義名分ではなく、彼は本気で植民地の進歩や発展を願いそれを自ら実行に移します。その根拠として彼は「つぐない」という言葉を使っています。以下引用します。
 各国の白人は、遠い国を発見して以来、有色人種のために何をして来たろうか? …有色人種が数世紀にわたってヨーロッパ人から受けた不正と残忍とを誰が記録できるか?
 …われわれも、われわれの文化もひとつの大きな責任を負っている。われわれはかの地の人々に善をおこないたいとか、おこないたくないとかの自由をまったくもたない。おこなわなければならないのである。われわれが彼らに善をおこなうのは慈善ではなくつぐないである。
 植民地支配は犯罪的行為であるという認識はしっかりともなっています。そしてその「つぐない」のために、あくまでもヨーロッパを基準にした進歩/発展でしかないのですが、アフリカの人々を教え導き苦難・苦痛から救いたいという彼の真摯な気持ちは確かなものです。ランバレネにおける医療活動についての記述を読むと、その困難さがよくわかります。文化の違いによるアフリカの人々との軋轢、過酷な風土、伝染病の猛威、自然の脅威… 時には打ちひしがれながらも、それに立ち向かっていく彼の姿勢は感動的です。
 文化の差異についての興味深い逸話も散見します。アフリカの人々は怠惰であるという意見に対して、彼はこう言います。
 土人は事情によってはたいへんよく働くが、…事情が必要とするだけしか働かない。…土人はわずかに働くだけで、村にいて暮すに必要なものはほとんどすべて自然がこれを供給する。
 これはわれわれの資本主義的文化を鋭くあぶりだす言葉ですね。事情が必要としなくても働き続け、物や情報や幻想を生産し消費し続ける文化。また老いたパウアン人は、第一次世界大戦のことを聞いてこう言います。
 「もう十人今度の戦争で死んだのか!」「なぜこれらの種族がみな集まって談判をしあわないのか? どうやってこれらの死者にすべてを償いうるのか」
 いわゆる「先進国」の人間が、弟として謙虚に学ばねばならない叡智にあふれた言葉ですね。
 というわけで一読の価値はあります。彼の演奏によるバッハのオルガン曲を聴いてみたくなりました。入手できるのかな。
# by sabasaba13 | 2005-11-05 07:40 | | Comments(0)

国営国際救助隊「雷鳥」

 パキスタン大地震で亡くなった方々の冥福を祈るとともに、一刻も早く救助・復興活動が進むことを心から願っております。せめて幾許かの募金に応じたいと思います。
 新潟大地震、アメリカのハリケーン来襲の時にも考えたのですが、こうした自然災害(勿論人災の一面もありますが)に対処する腹案があります。自衛隊を解散して、国営国際救助隊「雷鳥」に再編成してはどうでしょうか。そうイギリス製作の実写人形劇「サンダーバード」を現実のものとしてはいかが。公式サイトにはこういう解説があります。
 21世紀の世界は科学技術がめまぐるしく発展し、人類にとっては夢のような世界であった。しかし、その科学技術はひとたび事故を起こせば逆に大惨事となる危険性をはらんでいる。そのような時代背景の中、西暦2065年、アメリカの世界的な大富豪、ジェフ・トレーシーによって国際救助隊(INTERNATIONAL RESCUE ORGANIZATION)が設立される。ひとつの国や救助組織では対応できない大惨事から人々を救出するためである。
  国際救助隊は公的なものではなく、あくまでもジェフ・トレーシーとその家族らによって構成される私的な組織である。主たる活動は、その名の通り“人命救助”。最新気鋭の科学技術によって開発されたスーパーメカ“サンダーバード”を駆使して、災害や事故、あるいは犯罪によって危機に直面した人々を救う。
 活動の拠点となる基地は、南太平洋上に浮かぶ絶海の孤島、トレーシー・アイランド。悪用を避けるため、その詳細は絶対の秘密とされている。ジェフの指揮のもと、ブルーの制服に身を包み、サンダーバード・メカに乗り込むのがジェフの5人の息子達、スコット、ジョン、バージル、ゴードン、アランだ。彼らの知恵と勇気に満ち溢れた活躍を描くのが、『サンダーバード』なのである。
 宗教・イデオロギー一切抜きにして、災害や事故によって危機に直面している人々を救うために、日本国内そして世界のどこへでもすぐに出動する国営国際救助隊「雷鳥」。現在の自衛隊の年間予算が、約5兆円ですから、十二分に可能な事業だと思います。サンダーバード18号ぐらいまで用意できるんじゃないかな。
 これには数知れない利点があります。日本が他国に侵略される確率とそれによってもたらされる被害と、地震を含む自然災害が起こる確率とそれによってもたらされる被害、どちらの可能性が高く被害が大きいか比較勘案してください。もし仮にたとえばの話、政府の存在意義が、われわれ日本に居住している人間の生命と財産を守るということにあるのでしたら(違うのなら話は別ですが)、自然災害への対策を最優先すべきです。
 さらに結果として世界中の国から掛け値なし/無条件の賞賛と敬意を得ることができます。救助隊員として働くことにやりがいも生まれ、誇りと自信をもって任務に励めるでしょう。隊内における自殺やノイローゼや非公式のいじめ/いやがらせも劇的に減ると思います。
 三つ目。その任務の中に、国家テロによる被害の救助を含めれば、劣化ウラン弾やクラスター爆弾、対人地雷、無差別爆撃・攻撃など最悪の犯罪行為の実態を世界に伝達することができます。テロリズムの温床の大きな部分がここにあるとすれば、その救済・広報活動によって、日本がテロにみまわれる蓋然性はおそらくきわめて低くなります。国家テロと対抗テロをともになくす上で、重要な一助になりえます。
 また、戦争や紛争を起こす大きな原因の一つが軍需企業の存在ですが、その糧秣を絶つことができます。その息の根を止めてぜひとも最新技術を駆使して人命救助機器を開発・販売する企業へと転身していただきましょう。

 なお隊歌は、「サンダーバード」の歌をそのまま流用していただきたいな。チャンチャカチャッカチャッカチャカチャカ… 何せ大好きな曲なもので。 
サンダーバード 青く光る広い宇宙へ 行け風を巻いて
サンダーバード この世の幸せのために 行け海に陸に
青い空を乱す者は誰か 呼んでいるあの声はSOSだ
サンダーバード 青く光る広い宇宙へ 行け風を巻いて
 ただ三つ目のフレーズの後に、「プレジデント・ブッシュ!」「プライム・ミニスター・ブレア!」「サージャント・コイズミ!」という合いの手を入れてもいいかもしれませんね。
# by sabasaba13 | 2005-11-04 06:07 | 鶏肋 | Comments(19)

沖縄編(28):全島エイサー祭り(05.8)

 翌日は一日中ビーチで泳ぐか、朝一番の船で本島に行き全島エイサー祭りを見るか、午前泳いで午後エイサー祭りか、ずいぶん迷いましたが、結局レイト・チェックアウトで午後一時まで部屋を使わせてもらえるという交渉が成立したので、第三案に決定。午前中は名残を惜しむようにしみじみと美しい海を楽しみました。アディオス。
 午後の船で那覇に行き、空港ではやばやとチェックインして荷物を預け、さあコザで開かれている全島エイサー祭りに行きましょう。空港の観光案内所でバスの便や開催場所を教えてもらい、急行バスに乗ること約1時間。会場の沖縄市コザ運動公園に到着しました。さあどこで見ようかなと思ったら甘かった! 凄まじい混雑で、スタンド席は入場整理券が必要なのです。やむをえず遠く離れた席から眺めるしかありません。おまけに驟雨が降ったようで大変な湿度、西日が正面から当たりすごい暑さ、いやはやまいりました。そうした悪条件の中、グランドでは熱演がくりひろげられています。各地からやってきた揃いの衣装を着たグループがあちこちで輪をつくり、気合を入れています。中には見た目が怖い暴走族風のおにいちゃんが、一所懸命に振り付けを練習しています。心和む光景ですね。
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 残念ながらバスの本数が少ないため、40分ほど見てバス停に行きましたが、待てども待てどもバスが来ません。いっしょに待っていたご夫婦が飛行機の出発時間に間に合わないのでいっしょにタクシーで空港に行かないかと誘われたので、ご好意に甘えることにしました。車内で会話をかわしたところ、二泊三日でこのエイサー祭りを見に来たとのことです。おかげでわれわれは余裕をもって間に合い、空港で夕食をとり搭乗。結局、相も変わらない齷齪動き回った旅でした。ダンベルのように重い「<日本人>の境界 沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで」(小熊英二 新曜社)を現地で読み終えたのは収穫でした。書評はまたいつかの機会に。重量だけではなく、内容も重い本でした。
 というわけで次回の沖縄旅行では鳩間島と阿嘉島は外せません。捲土重来。

 本日の二枚は、トカシクビーチと那覇空港から遠望した渡嘉敷島です。再見。
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 追記。日本による併合(琉球処分)に反対した神山庸栄の残した一文を知りました。恐るべき予言です。
 按ズルニ日本ハ小国ナリ。己ノ力ヲ測ラズシテ、シキリニ兵威ヲ以テ四隣ヲ脅シ、猥リニ武断ヲ以テ八荒ニ対センカ、日本カナラズ敗ルルノ日来ラン。彼敗レテ自カラ危キニ至レバ、我ヲ棄ツルコト弊履ノ如クナルベシ。我アニ手ヲ拱キテ政府ノ命ニコレ遵イ、イタズラニ好戦ノ犠牲ト化シテ日本ノ為メニ売ラルル有ルノ愚ヲナサンヤ。宜シク旧制ヲ護持シテ王道ヲ顕揚シ、以テ社稷ノヤスキヲ図ルベシ。

# by sabasaba13 | 2005-11-03 07:54 | 沖縄 | Comments(0)

沖縄編(27):渡嘉敷島(05.8)

 翌日も快晴。さあいよいよトカシクビーチで山ノ神の入水です。まずは足、そして脹脛、太もも、そしておそるおそる尻… こんなに緊張したのは久しぶりです、小学生の時の逆上がりのテスト以来かな。チャポン 「痛くない! しみない!」と絶叫する山ノ神、ああよかったあ。さっそくシュノーケリングを楽しんでいると、ウミガメも祝福をするかのように現れてくれました。トカシクビーチではかなりの確率で遭遇できますね。
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 午前中はきれいな海と珊瑚と熱帯魚を満喫し、昼ごろ宿の送迎バスに便乗させてもらい港に行き、土日しか開館していない歴史民俗資料館を見学しました。われわれが入館してからあわてて電球をとりかえるぐらいやる気のない係の方には、驚きましたね。ザトウクジラの骨格標本や、沖縄戦に関する資料など内容はなかなかよいのですが、展示の仕方が乱雑でそこはかとないやる気のなさを漂わせています。こういう気だるさは嫌いではありませんが、もう一工夫してほしいですね。近くに役場もあるのだから、連絡をしたら平日でも見せてくれるとか。近くにある民家の塀にはかわいらしい熱帯魚の絵が描いてありました。
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 そして島のコンビニ「新浜屋」で魚肉ソーセージと週刊モーニングを購入し、タクシーを呼んでホテルに戻りました。女性ドライバーの方もあの資料館は何とかしてほしいと、憤慨されておりました。野生のヤギの話になり、今宿泊している宿がそのヤギを飼い慣らし、夜になると野うさぎがいっしょに寝ているという情報を教えてもらいました。今夜、見にいって見ましょう。午後もシュノーケリングを楽しみましたが、ウミガメとの遭遇はなし。
 夕食を食べた後、宿の前につながれているヤギのところに行くと、草むらの中に野うさぎがいました。なかなか可愛い。「ウサギとカメに会える島」というキャッチフレーズはいかが。
 さて泡盛を飲みながら、さきほど買ったマンガを読もうとしたら、何と立ち読みを防ぐためしっかりとセロテープが貼り付けてありました。こうした豪快さ、断固とした意志、虚飾を廃したプラクティカルな発想に、沖縄の歴史を感じます。でも驚きました。さあ明日は最終日です。
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 本日の一枚はトカシクビーチの海です。
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# by sabasaba13 | 2005-11-02 06:06 | 沖縄 | Comments(2)

沖縄編(26):渡嘉敷島(05.8)

 さてふたたび阿波連にもどり、イエロー・サブマリン号に乗り込みます。船底が水中に飛び出しており、ガラス窓をとおして珊瑚礁や熱帯魚を見ることができます。ちょっとしたダイバー気分。ものすごい数の稚魚が珊瑚のまわりに蠢いているのを見て、あらためてその重要性を認識しました。まさしく命の揺りかごです、珊瑚を破壊したら取り返しがつかないことになりますね。隣にいた小学生がダイバーを見つけて「あっ!」と叫んだので、「あれは最も危険な生き物だから、近づいちゃだめだよ」と余計なことを言ってしまいました。ごめんね、でもほんとだよ。
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 ホテルにもどり、山ノ神は昼寝をしながら安静にし、小生は一人ウミガメと遭遇するために水中カメラをもってトカシクビーチに向かいました。もう二度と出会えないかなあと半分あきらめていたのですが、何と小さい方のウミガメを発見。今回はバシャバシャと写真を撮りまくりました。うーん、ま、ん、ぞ、く。監視員の方に訊ねたら、五匹ほどこのビーチに回遊してくるそうです。午後三時半頃、海底に草が生えているあたりが狙い目ですね。
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 さて車を阿波連まで返却しに行かなければならないのですが、途中あの憎き森林公園によって夕陽を見ることにしました。ちょうど阿嘉島と慶良間島の間に陽が落ちるのが見える、絶好のポイントです。ふたたび山ノ神の快癒を夕映えに祈願しつつ、あまりの美しさに立ちすくむ私。彼女曰く、明日はためしに海に入ってみるとのこと。

 本日の二枚は夕映えと海亀です。
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# by sabasaba13 | 2005-11-01 06:10 | 沖縄 | Comments(2)

「亀も空を飛ぶ」

c0051620_2252186.jpg 岩波ホールで「亀も空を飛ぶ」という映画を見てきました。監督はバフマン・ゴバディ、イランとイラクによる共同制作作品です。トルコとの国境に近いイラク北部クルディスタン地方の小さな村が舞台です。イラン・イラク戦争や湾岸戦争で荒廃した村で暮らす、親を失ったクルド人孤児や難民の子どもたちが主人公です。時は2003年春、そうアメリカによる攻撃が始まる直前の時期ですね。孤児たちのリーダーがアメリカへの憧れを抱くサテライトという少年です。そこに現れたのが、クルド人難民の兄妹。兄は地雷で両腕を失い、妹はイラク兵に強姦されて子どもを出産しています。目の不自由なその子をいたわる兄と、憎悪する妹… サテライトは彼女に恋心をいだきますが、やがて悲劇的な破局がおとずれます。

 映画を見る喜びの一つは、見知らぬ土地の見知らぬ人々の暮らしを追体験できるということです。迫害を受け続けているクルド人に、戦争がどのような傷跡を残したのか。村のいたるところに戦車の残骸や薬莢がころがり、市場には武器があふれ、対人地雷が村の周囲を埋めつくしています。そうした中で孤児たちは、対人地雷を掘り起こして商人に売るなど必死に生きていきます。解説で知ったのですが、こうした地雷を国連が回収し、それが武器産業に回されリサイクルされて新しい地雷となり、また各地に埋められていくそうです。何という絶望的な連鎖。イラクが今どういう状況にあるのかを知るためにも、是非多くの人々に見てほしい映画です。特に自衛隊をアメリカ軍の傘下におき、海外での戦闘に従事させたいと考えている方々に見てほしい。重く厳しい映画ですが、子どもたちの逞しさが一縷の希望を与えてくれます。こうした子どもたちを救おうとしていた高遠菜穂子さんが人質になった時に、凄まじい中傷にあったことは記憶にとどめておきましょう。あの時ほど、人間を人間たらしめている知性とか理性とかモラルを欠落させた人が、日本人の中でいかに増えているか痛感したことはありません。

 それにしても、戦時における強姦と対人地雷のおぞましさには慄然とします。前者は上層部による命令である可能性もありますね。生まれた子どもをめぐる不協和音や対立を生じさせて、敵側のコミュニティを破壊する意図があるのではないか。また後者は、あえて生命を奪わず手足を失わせる程度の威力におさえて、被害者を支えるための負担を周囲に負わせ、そして敵側の経済力や軍事力にダメージを与えるのが狙いでしょう。人間の善意につけこんだ悪魔の兵器です。なお自衛隊も百万個ほど保有しているそうですね、どこに埋めるつもりなんですか。そのうちどの程度までが日本製なのかも知りたいところです。

 また直接映画には描かれていませんが、劣化ウラン弾による被害も心配です。湾岸戦争で投下された劣化ウラン弾の影響が、5年間の潜伏期間を経てあらわれ、小児ガンや先天性異常の発生率が急増しているとのことです。イラク戦争ではその二倍の劣化ウラン弾が使用されたので、2008年以降に影響が出ることが懸念されています。あるイラク人医師の叫びです。
 助けてください、医師として辛い毎日を送っています、病気の子どもたちを救えないのです。…病院はベッドも天井も壊れたまま、ない、ない、ない物だらけです。点滴セットも、注射針も、注射薬も、飲み薬もみんな足りません。…助けてください、イラクの子どもたちにも未来をください。
 イラクに対して凄絶な国家テロを行い子供たちの未来を奪いつつあるアメリカとイギリス政府、そしてその片棒をかつぐ日本政府の諸氏は、この言葉をどう受け止めるのでしょうか。そして数百億円の税金を使ってわずかな水を配っている、イラク駐留の自衛隊。この事実だけでも政府は、人道支援を本気で行うつもりはさらさら毛頭ないということがよくわかります。自衛隊を即時撤退させ、数百億円の医薬品や医療機器、そして放射能障害にくわしい医師団を派遣したほうが、どれだけイラクの人々が喜ぶことか。想像力の「そ」の字くらいあるでしょう、ぜひ日本政府は考えてほしい。ま、アメリカ政府は嫌がるでしょうけれどね。

 なお両腕のない主人公には予知能力があり、イラク戦争の開始なども予言します。その彼が、開戦の275日後にまた何かが起こるとサテライトに告げたところで映画は終わります。2003年12月22日頃がその日に当たるのですが、調べても何が起きたのかわかりませんでした。ぜひご教示ください。

c0051620_22532820.jpg ふうっ 軽くため息をつきながら、山ノ神と夕食をとりました。このあたりは、餃子の「スヰートポーヅ」、洋食の「キッチン南海」、ロシア料理の「ろしあ亭」と、私好みの店が多々あるのですが、中華料理の「揚子江菜館」を選択。ひさしぶりに上海肉絲炒麺(上海式肉焼そば)を堪能しました。シンプルで深みのある味つけとコシのある細麺の絶妙なバランスには、ぞっこん惚れこんでいます。この玉葱ともやしと木耳の下に、至福の細麺が隠れているのですよ。

 追記 イラク医療支援を行っている日本のNGOや関心のある日本・イラク両国の医師たちが立ち上げたJIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)という組織があるそうです。
● 日本イラク医療支援ネットワーク http://www.jim-net.net 
# by sabasaba13 | 2005-10-31 06:05 | 映画 | Comments(4)

沖縄編(25):渡嘉敷島(05.8)

 翌日は大事をとって海には入らず、レンタカーで島内めぐりを続けます。今日は逆方向で島を一周しようと港に向かい、東側の林道を南下して港の見える丘展望台を過ぎると、山ノ神が右手山側に何かのモニュメントを見つけました。さっそく確認したところ、「アリラン慰霊のモニュメント」でした。以下、碑文を要約します。大戦中、慶良間諸島は海上特攻艇の秘密基地とされます。アメリカ軍がまず慶良間諸島に上陸したのは、この基地を叩くためだったのですね。「戦跡碑」を建立した海上挺身第三戦隊は、特攻艇部隊だったのでしょう。その際、千人余の朝鮮人男性が軍夫として、21人の朝鮮人女性が慰安婦として慶良間諸島に連れてこられます。そして米軍の上陸前後に、日本軍の迫害と虐殺によって数百人の軍夫が犠牲となり、慰安婦4人も非業の死を遂げます。そして慰安婦の存在に光をあてた記録映画「アリランのうた オキナワからの証言」制作に参加した橘田浜子氏は、1992年、帰郷の道を失い沖縄に取り残された渡嘉敷島の元慰安婦が死後五日目に発見されたことに衝撃を受けます。そこでそうした女性たちを悼み心に刻むために、寄付によってつくられたのがこのモニュメントです。ガイドブック等にも載っておらず、偶然出会えたことを嬉しく思います。合掌。なお案内板が倒れて朽ち果てていましたが、一瞬いやなことを想像してしまいました。まさかそんなことはないと思いたい。
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 さて阿波連に着きふとポスターを見ると、半潜水型ボートによる珊瑚礁ウォッチングがあります。これは面白そう、とりあえず予約をし、出航時間まで時間があるのでもう一度車で港に向かいました。途中に、海を見下ろす眺めの良い場所に小ぶりで瀟洒な別荘があるので、気になって確認したところ、表札に「灰谷健次郎」とありました。一島一有名人第三弾! 港で最終日の船便の時間を変更し、観光案内所で知った伊江村民収容地跡記念碑を拝見。奇跡的に生き残り、アメリカ軍の捕虜となった伊江村民がここ渡嘉敷島に収容されていたのですね。
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 本日の一枚は、阿波連集落で咲き誇っていた季節はずれのデイゴです。
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# by sabasaba13 | 2005-10-30 08:26 | 沖縄 | Comments(2)