「台湾」

 「台湾 四百年の歴史と展望」(伊藤潔 中公新書1144)読了。言うまでもないことなのですが、東アジア情勢の安定は世界にとっても日本にとっても必要です。これも言うまでもないのですが、そのために欠かせないのが、朝鮮半島と台湾海峡の安定でしょう。激情にかられた感情論ではなく、過去の歴史を踏まえた冷静かつ前向きな視点をもちたいものです。そのキー・プレイヤーの一人である台湾について知りたくなりました。断片的な知識をしかるべくつなぎ合わせるためのテキストとして、お勧めします。要領よく台湾の歴史をまとめた好著です。痛感したのは、台湾の歴史とは、外来政権による抑圧と住民の抵抗の記録なのですね。オランダ、清朝、日本、そして国民党。400年にわたり収奪の対象にされてきた歴史をきちんとおさえておくべきですね。台湾における日本の植民地支配を、近代化に貢献したとして賛美する意見もありますが、事はそれほど単純なものではないと思います。「卵をたくさん産ませるために、親鶏をふとらせた」ということでしょう。筆者が述べているように、植民地支配は慈善事業ではありません。それでは多くの台湾人が親日感情をもつのは何故か。引用します。
 日本の台湾統治の最大の「遺産」は、インフラ整備におけるソフト面としての教育であり、これなくしては台湾人の近代的市民としての目覚めは、大幅に遅れたであろう。また、植民地統治下の台湾では、日本人官吏や警察官と比べて、概して教師は使命感が強く人格的にも優れ、敬愛と信頼を集めていた。
 なるほど。それでは同じように植民地支配をした朝鮮における教育との違いはどこにあるのでしょう。単に統治者の人格・能力の問題ではないでしょう。現在の朝鮮における反日感情を強さを理解する上で重要なポイントかもしれません。これは宿題。いずれにしても植民地支配を正当化することはできませんけれど。国民党による本省人の虐殺と粛清、二・二八事件(1947)についても、その凄惨さに戦慄しました。
 これから中国と台湾はどうなるのか、独立か、併呑か、連合か。もちろん浅学な私には予測はできません。切望するのは、陳腐ですが「話し合い」による解決です。日本政府もわれわれも、この事態に一端の責任がある以上その環境を整えることに尽力すべきでしょう。困難なことは目に見えていますが…
 説得はただ理性と人間性にかなった方法であるだけではありません。それは、今日では自己防衛の唯一の方法でもあります。ですから、われわれはみな、国や身分を問わず、きびしい二者択一の前に立たされています。説得せよ、さもなくば破壊あるのみ。   
Persuade, or perish.                        ~E.H.ノーマン~

# by sabasaba13 | 2005-04-19 06:18 | | Comments(0)

伊豆編(6):堂ヶ島(05.3)

 そして西海岸を南下して、堂ヶ島へ。山ノ神「ここは雨が有名なんでしょ」、宿六「それは城ヶ島」。山ノ神「ここで志賀直哉が小説を書いたんでしょ」、宿六「それは城崎」。山ノ神「天覧試合で…」、宿六「それは長嶋」と夫婦漫才をしながら船着場に行くと、強風のため遊覧船は出航せず、トホホ。しかし荒波が島々に打ち寄せ砕けるダイナミックな光景を見られたので、まあよしとしましょう。また来る理由を残しておかないとね。伊豆半島が削られて、なくなってしまうのではないかと思うぐらいの凄まじい波でした。
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 さらに南下して松崎を抜け、那賀川ぞいに東へと向かいます。ここは延々と桜並木が6km続く花見スポットなのですが、まだ咲いておりませぬ、トホホ。そういえば、ここ松崎は桜葉の生産日本一でした。途中にある道の駅「花の三聖苑」で一休み。この地方の三人の名士を祀ってあるそうです。そのうちの一人、依田佐二平翁が私財を投じて開校した公立小学校「大沢学舎」の校舎が保存されていました。咲き誇る菜の花越しに見やると、古い木造校舎が映えますね。
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 そして一路下田へ。蓮台寺のあたりに、お吉が身を投げたというお吉ヶ淵がありました。さて列車の発車時刻まで一時間、爪木崎へ行ってみましょう。しかし突然の渋滞、タッチ・アンド・ゴーになってしまいました。野水仙の大群落地として有名ですね。なだらかな起伏の岬に屹立する爪木崎灯台、このあたりのロケーションもなかなか良いですね。再来を期しましょう。
 というわけで灯台めぐりはまだまだ続きます。野島崎灯台館山の戦争遺跡大山千枚田のカップリングを現在検討中です。犬吠崎灯台野田の醤油関連物件を組み合わすのもいいですね。丹後半島と経ヶ岬灯台も忘れちゃいけない。ああ、散歩の虫が疼いてきた。ウズウズウズウズウズ…

 本日の三枚は、堂ヶ島と花の三聖苑と爪木崎です。
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# by sabasaba13 | 2005-04-18 17:40 | 中部 | Comments(0)

伊豆編(5):浄蓮の滝~土肥金山(05.3)

 翌日は快晴、さすがは神様同伴。「じゃあ昨日の雨は?」というつっこみはおいといて、まずは多々戸浜を散歩。朝食をたらふく食べて、さっそくドライブに出発です。まずは伊豆半島を北上、河津へ。ループ橋をクルクルとのぼって天城峠を越え、浄蓮の滝に到着しました。鬱蒼とした木立の中、小ぶりですが清々しい滝が流れ落ちています。深山幽谷に木霊する滝の音… 観光客がいなければ、心因病病じゃない、神韻渺々という雰囲気になるのですが、まあ小生もその一人なので文句は言えません。そして本日最大のお目当て、荒原と下ノ段の棚田に行こうとしたのですが、これが見つからない。棚田法則その一:棚田は観光資源として認知されていない(よって案内の地図等がない)、棚田法則その二:棚田は不便な所にある(よって見つけにくい)、以上を忘れて所在地を精査してこなかった小生の甘さ! すごすごと湯ヶ島へ引き返し、一路西へ。山ノ神は「いいのよいいのよ」と慰めてくれました、眼は笑っていなかったけれど。峠を越え、土肥に抜けて金山を見学。坑道に当時の様子を再現した人形を展示してある、よくあるタイプの観光鉱山です。ただ200kgの金塊と、金山で働く女性が一日の労働を終えて風呂で汗を流している展示には、涎が出ました。なおこの近くからは、海越しに見事な富士が見えるはずですが、春霞のため山頂部がおぼろげに浮かぶだけ、トホホ。
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 というわけで、本日の二枚は多々戸浜と浄蓮の滝です。
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# by sabasaba13 | 2005-04-17 08:54 | 中部 | Comments(0)

伊豆編(4):下田(05.3)

 翌日は予報通り雨。朝風呂に入り朝飯を食しまた風呂に入り昼寝をし本を読んでいると、あっという間に午前11時半。すっかり天岩戸モードに入ってしまった山ノ神を拝み倒して、下田見物につきあってもらいました。まずはアメリカ領事館が置かれハリスが駐在した玉泉寺を見学。領事館員のために肉や牛乳が用意されたので、牛乳の碑や日本初の屠殺場跡の碑がありました。ハリス記念館とロシア船ディアナ号乗組員の墓を見て、弁天島へ。
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 吉田松陰はここから黒船へ向かい密航を企てたのですね。銅像と彼らが隠れていた洞窟がありました。
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 そして唐人お吉の墓がある宝福寺へ行き、記念館を見学。彼女の写真が残っているとは知りませんでした。なおここに「神子元島灯台建設技師異人宿舎跡」という記念碑がありました。異郷での幾多の困難に耐えながら、あの難工事を行なったイギリス人技師たちはここに宿泊していたのか… 感無量です。
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 そして下田条約締結の地、了仙寺とその宝物館を拝見して、近くにあるペリー上陸の碑を見物。
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 「なが里」で巨大穴子天丼を食して、宿に戻りました。また風呂に入って昼寝をし本を読んで夕食を食べ風呂に入り酒を飲みながら本を読んでいると、あっという間に午後10時。理想的な暮らしですね、晴歩雨読浴睡飲。さて昨晩から気になっていたマッサージ器を試してみましょう。「Body美人」というものですが、取っ手をもち患部をゴロゴロとならすと自在に動く16個のローラーがマッサージをしてくれるという器械です。肩こり・背中こり・頭こりに悩む山ノ神のために、さっそくゴロゴロゴロゴロとマッサージ。これは力も要らず楽ですし、彼女曰くなかなか効果有とのこと。そして何より、『サンダーバード』ファンなら泣いて喜ぶようなそのメカニカルな形態。サンダーバード二号の中から出てきて、困っている人を救助しそうでしょ。さっそく購入しました。
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# by sabasaba13 | 2005-04-16 08:10 | 中部 | Comments(0)

伊豆編(3):石廊崎(05.3)

 さて、車を借りて伊豆半島の南端石廊崎へ。約30分で到着です。海沿いの快適な道を、わき見しながら快調に飛ばす山ノ神と、手を握り締めながらニコニコと強張った笑顔をつくる宿六。やれやれ無事につきました。すると岬めぐりの遊覧船が出航寸前、あわてて飛び乗ります。さあ石廊崎を海から眺めて堪能しようと鷹揚にかまえていましたが、飛んでも八分、歩いて十六分。少し沖に出ると、強風のため海は荒れ模様です。木の葉のように波にもてあそばれる遊覧船、そしてはるか沖合には憧れの神子元島灯台。前言を一部撤回します。鏡のように海が静かな時に是非行ってみたい。私は必死で柱にしがみついているのに、揺れ系の乗り物にめっぽう強い山ノ神は「きゃー、今度の波は大きいわよおおおおお」とはしゃぎまわっております。あなたの三半規管はどうなっているのだあああああ、という言葉を飲み込みヒクヒクと顔をひきつらせながら「そうだねえええええ」と笑顔で応える律儀なわ、た、し。視線がよく定まらなかったのですが、そそりたつ絶壁や海中から聳える奇岩の数々、絶景だったような気がします。
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 さて港に戻り、役行者の巨大な銅像の脇から緩やかな坂道を歩いて石廊崎の先端へ。彼は7世紀末の伝説の山岳修行者で、修験道の開祖といわれるお方です。そういえば人々を妖惑したとして伊豆に流されたとの言い伝えがあります。途中に、2003年に閉園となった「ジャングルパーク」の廃墟群がありました。廃墟探訪というディープな世界に嵌ったら抜けられそうもないので、そそくさと立ち退き十分ほど行くと、白亜の石廊崎灯台が見えてきました。この灯台も初代はブラントン設計で1871(明治4)年に完成されたのですが、暴風で大破し1932(昭和7)年に建てかえられたものです。残念ながら内部見学は不可、柵に囲われ近くにも寄れないのですが、手前にある鉄塔の根元から絶好のアングルで見ることができます。風雨に寡黙に耐え、ひたすら安全な航海のために光を投げ続ける姿は神々しささえ感じます。岬の突端に突き出た断崖の上には、役行者ゆかりの石室(いろう)神社が鎮座しています。台風接近の際には、ぜひここからのレポートを期待します。
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 さて次は波勝崎へ。ところが、波勝崎苑という野猿とふれあう有料公園の中の奥にあるようで、すでに閉園時間を過ぎていたため行けませんでした。その近くには画家の林武が命名したという喚声というビュー・ポイントがありました。下田に戻る途中の吉祥や下賀茂温泉のあたりには、菜の花畑が散在し感激、風景が涙にゆすれてしまいました。そして宿の下田大和館に到着。多々戸浜を見下ろすオーシャン・ビューの素敵な部屋と温泉に大満足です。
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 本日の三枚です。
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# by sabasaba13 | 2005-04-15 06:13 | 中部 | Comments(0)

伊豆編(2):寝姿山(05.3)

 さてさて寝姿山山頂には、下田出身の下岡蓮杖(れんじょう)写真記念館もあります。長崎の上野彦馬とならび写真術の草分け的存在です。そういえば横浜に、彼の写真店の記念碑がありますね。蓮杖自身に関する展示は貧弱ですが、写真の歴史については充実しています。フェルメールも利用したという「カメラ・オブスクーラ」(暗い部屋のピンホールを通して差し込んでくる光によって、外の景色を投影させる器械、カメラの原型)をはじめて見ることができました。なお山ノ神がはじめて買ってもらったというカメラ「フジペット」の写真が展示されていました。感極まった彼女を見ながら、子ども時代の思い出とカメラって強い結びつきがあるのだなあと思いました。今のカメラ付き携帯電話には、思い出を喚起する力はあるのでしょうか。ないような気がするなあ。
 山頂一帯は花々が咲き乱れ、私の大好きな菜の花が満開です。菜の花越しに見下ろす下田の港はなかなかの絶景でした。また東急の創始者五島慶太の記念碑もあり、「五島慶太は伊豆とともに生きている」と刻まれています。かつて"強盗慶太"と異名をとり、"ピストル堤(堤康次郎)"と箱根の観光開発を競い合った男です(箱根山戦争)。なお堤の渾名は、実弾(現金)をうちまくったところからつけられたそうです。ライバルの息子の醜態をどんな気持ちで見ているのかな。
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 ロープウェーで下山し、時間があるので駅近くの蕎麦屋「藪」で昼食。偶然見かけて立ち寄った店なのですが、大正解。真っ当な味の手打ち蕎麦とサクサクした歯ごたえの穴子やあしたばの天麩羅、腹福腹福。宣伝しちゃいましょう、下田駅から徒歩三分、電話番号は0558-23-5706です。「散歩の変人」の紹介だと言っても、割引はありませぬ。悪しからず。ふと気がつくとそこここの電柱に「津波注意」の看板があります。海沿いの地域は、津波という自然災害と日常的に向き合って暮らしているのだと痛感。
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 本日の一枚は、菜の花越しに見下ろした下田の港です。
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# by sabasaba13 | 2005-04-14 06:18 | 中部 | Comments(0)

伊豆編(1):寝姿山(05.3)

 日ごろお疲れの山ノ神を慰撫するために、二泊三日の伊豆温泉旅行に行ってまいりました。知人の情報では大沢温泉ホテルがすんばらしいということでしたが、残念ながら満員で予約できず。インターネットで調べまくり、下田にある大和館が良さそうなのでここを押さえました。山ノ神もご満悦で、レンタカーの運転を頼んだら「よかろう」という色よい返事。ただ中日が雨になるのは確実な模様です。この日は読書と温泉三昧かなと思い、本を二冊持って行くことにしました。旅行に行って、どこにも行かず一日中宿で本を読んでいるって結構気持ちいいのですね、これが。ちなみに持参したのは「台湾」(伊藤潔 中公新書)と「教養の再生のために」(加藤周一+ノーマ・フィールド+徐京植 影書房)。
 第一日目は快晴。スーパービュー踊り子号グリーン車で下田へ。とはいっても窓の上部が少し屋根にかかるだけ。「どこがスーパービューだ、責任者を呼べ!」と食って掛かろうとしましたが、アテンダントが差し出す珈琲一杯で懐柔されてしまう健気な、わ、た、し。約3時間で到着です。伊豆半島東海岸を南下する時の眺望は素晴らしいですね。レンタカーの準備ができていないということなので、とりあえずロープウェーで寝姿山山頂へ。女性が仰向けに寝ている姿に似ているとのこと、山頂駅は胸の辺りです。
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 ここからの眺望はお勧め。下田が天然の良港であることが人目でわかります。伊豆七島も空気が澄んでいれば三宅島まで見えるとか。残念ながら春霞のためそこまでは無理でした。そしてふと眼をやれば、おおっ、灯台フリーク垂涎の的、神子元島(みこもとじま)の灯台が彼方に見えるではありませんか。1870(明治3)年につくられたもっとも古い洋式灯台の一つです。開国後、欧米諸国は江戸幕府に対して、貿易船等の安全な航行のために灯台の建設を要求します。この協定を明治政府も引き継ぎ、イギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンが招かれて約9年間にわたって日本各地に近代灯台を建設しました。そのうちの最も初期のもの、かつ最も難工事であったのがこの灯台です。写真のとおり沖合にある島というより小さな岩礁に、選定した石材を運搬し建設するまですべて自力で行ったわけですから、イギリス人技師たちの苦労やストレスは凄まじいものだったでしょう。この島への定期航路はなく、釣り船に便乗させてもらうしか渡航する方法はないのですが、是非行ってみたい。
 小さな池に「お金を投げ入れると鉱毒が発生し…」という立て札がありました。成る程、そうかもしれない。でも水中にお金を投げ入れるという行為には、どんな文化的な意味があるのか気になりますね。
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 本日の二枚です。
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# by sabasaba13 | 2005-04-13 06:12 | 中部 | Comments(0)

「武満徹 その音楽地図」

 「武満徹 その音楽地図」(小沼純一 PHP新書339)読了。オペラシティで武満徹の記念プレートを見て以来、彼のことが気になっていたのですが、何たる僥倖、渡りに舟、彼の音楽を概観する新書が本屋の店頭にありました。さっそく購入。うーん、音楽を言葉で表現するのがいかに難しいことか、あらためて認識しました。筆者は該博な知識を駆使し申し分のない愛情を込めて武満の音楽について語っているのですが、いかんせん風を捕虫網でつかまえようとしているかのようです。やはり音楽は音楽でしか語れないものなのか。ただ彼の音楽を聴くための道標としては、大変貴重な本です。一番印象に残ったのは、筆者の友人で、児童自立支援施設で音楽を教えている方からのメールです。どうして歌なんか歌うんだ、といつもは言うことをきかない子どもたちが、彼女が歌った武満徹の「小さな空」をしんとして聴き、一斉に涙を浮かべている。以下引用です。
 子どもにとって「どんな親」でも、「自分にとって愛情を示してくれた一瞬」があり、後生大事にその一瞬だけを「記憶」としてたずさえている子が多いです。武満さんの「小さな空」には、そういう「一瞬の幸福」(小沼さん、わかりますか? 彼らは、生きてきた人生の95%以上が、地獄だった子が多い。虐待に虐待を重ねる親でも運動会の時、最初で最後、子どもに弁当を作ったとか、そういうこと)を大事にする心がある、ともいえるでしょう。だから涙が溢れるんですね。
 こういう話を知ったら、聴かないわけにはいかないじゃないですか。さっそくこの曲を収録してあるアルバムを探しましょう。また友人であるイサム・ノグチを追悼して作曲した「巡り」という曲があるとのこと。こちらの是非聴いてみたい。ノグチとタケミツ、きっとスリリングな友情を育んだのでしょうね。
# by sabasaba13 | 2005-04-12 06:14 | | Comments(0)

上信編(7):五郎兵衛新田(04.7)

 翌日は浅科村へ。江戸時代初期の新田開発によって開かれた五郎兵衛新田の見物です。小諸市内で自転車を借りて南下すること約一時間、村役場に到着しました。観光案内図をもらい、まずは五郎兵衛新田資料館へ。差別戒名など被差別部落関係の資料が充実しており、勉強になりました。でも、筬(おさ:機織り機の部品)が被差別部落で製造されたということは、何故なのだろう。これは宿題。
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 新田開発の大略を把握した後、フラフラと近辺を散策。浅間山を背景に稲穂が波打ち、陽光に輝く様は絶景でした。鹿曲川上流で揚水し、川沿いの岩を切り開き、数ヶ所の掘貫(トンネル)をつくり、全長22kmの用水路を開削して新田を開いたわけです。大変な難事業だったと思いますね。これまた先人の労苦に脱帽。途中でちょっと変わった風情の石仏(大日如来)を見つけました。
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 自転車で走りながらふと気がつくと、異なものを見つけました。私は「交通安全顔」と勝手に命名しているのですが、眉毛・涙つきの珍しい物件です。この顔って誰が描いているのでしょうね。で、また異なものを発見し急ブレーキをかけ戻ってみると、珍しい「交通安全足型」をget。子供連れというのも珍品ですが、それに加えて犬つきです。おまけに足の指が三本という珍種。犬の足の指の数は前足に5本、後ろ足に4本なので、これは珍しい。ダイエットをしている犬という可能性も否定できませんけど。しかし、小生のような物好きな人間が、見かけるたびに注意を引かれるような物件は、かえって危険だと思いますね。でも面白い逸品との出会いを期待しています。えっさえっさと小諸まで戻り、帰郷。駅では、しな子さん・しなてつ君が「また来てね」と微笑みながら見送ってくれました。顔が戯画的な中国人風なので、しな=支那とひっかけたのか? 支那と呼ばれることも、つり上がった細目で表現されることも、中国の人は快く思わないのじゃないかな。出っ歯と眼鏡で日本人をイメージされたら、私は製作者の知性を疑いますね。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2005-04-11 06:11 | 中部 | Comments(0)

上信編(6):海野宿(04.7)

 そして小諸に戻りしなの鉄道に乗り換えて田中へ。めざすは1879(明治12年)に建てられた、長野県内では中込学校と松本の開智学校に次いで古い和(かのう)学校です。インターネットで調べた地図を頼りに、地元の人に訊ねながら探したのですが、見つかりません。土地勘はいいほうだと自負していたのに、その自信もマジノ線のようにあっさりと崩壊してしまいました。撤退。駅に戻り、タクシーをつかまえて案内してもらいました。重厚な和風建築の細部に洋風の意匠をこらした学校です。残念ながら内部は見学できず。二宮金次郎像も発見。金次郎ウォッチャーとしては嬉しいかぎりですが、出来はいまひとつ。やはり柴を背負い、千字文を読んでいるのが正しい姿です。よくよく見ていると、高嶋政伸にそこはかとなく似ているような…
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 そして、海野宿へ。ここは中山道の宿場町で、昔の風情をよく残してあります。馬篭や奈良井ほど有名ではないので、観光客も少なくのんびりと徘徊ができました。柳の並木と、道路わきの水路と、古い街並みと、信濃の山々がよくマッチしています。山が見える町っていいですね。低い軒先でつばめの巣を至近距離で見ることができたのも初体験。つばめの子ってほんとに喉が赤いのですね。「のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にいて足乳根の母は死にたまふなり」(斎藤茂吉)
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 なお宿の近くで、ほんとうにほんとうにシンプルな火の見と半鐘を発見。ふたたび田中駅にもどり、ふと見上げると… パンッ(手を打った音) 謎が解けた、なぜ長野は教育に熱心なのか。ここの少年少女諸君は線路上に石を三つも四つも並べて遊ぶほど、よたっかき(悪戯っ子)だったのだ。LES ENFANTS TERRIBLES ! おいおい、品行方正な少年時代を過ごした私だって、線路上に十円玉を置いてペシャンコにさせるのが関の山だったぜい(もう時効でしょう)。これでは教育に力を入れざるを得ないな、納得。
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 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2005-04-10 08:44 | 中部 | Comments(0)